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	<title>源氏物語</title>
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	<description>THE TALE OF GENJI. （吾妻利秋訳）</description>
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  <title>源氏物語</title>
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		<title>一　ゲンジ、北山に行き明石入道の娘の話を聞く</title>
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		<pubDate>Sat, 04 Sep 2010 14:17:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator>吾妻利秋</dc:creator>
				<category><![CDATA[05 第五章　若紫]]></category>
		<category><![CDATA[源氏物語]]></category>
		<category><![CDATA[若紫帖]]></category>

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		<description><![CDATA[（現代語訳）
　ゲンジの君はわらわ病で発熱を繰り返していた。やおよろずの加護を祈らせるのだが、効果が出ず発作が続いている。ある人が、「北山の何とか寺に一流の修行僧がおります。去年の夏、この病が流行した折にも、他の僧侶たち [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>（現代語訳）<br />
　ゲンジの君はわらわ病で発熱を繰り返していた。やおよろずの加護を祈らせるのだが、効果が出ず発作が続いている。ある人が、「北山の何とか寺に一流の修行僧がおります。去年の夏、この病が流行した折にも、他の僧侶たちは匙を投げていたというのに、片っ端から治療したそうですよ。長引くと厄介ですから、すぐにでも診てもらってください」と勧めるので、往診を依頼してみた。しかし、「老衰で足腰が立たないので往診は行っておりません」と断られてしまったのだった。「贅沢は言っていられない。隠密に訪ねよう」とゲンジの君は、四、五人の気の合う取り巻きを引き連れて未明に旅立つ。</p>
<p>　目的地はいささか山深い。三月末日なので都の桜は終了していたが、山は花盛りである。山が深まるにつれて霞がたなびき、一面にパノラマが広がる。普段は僻地に来ることもない、やんごとなき面倒くさい身分のゲンジの君は、わくわくせずにいられないのだった。</p>
<p>　寺は風格があった。峰高い岩の深くに例の聖が住んでいる。ゲンジの君は岩を登った。自分の正体を明かさず目立たぬ身なりをしていたが、光り輝く男である。</p>
<p>　「かしこめ、かしこめ。先日、往診を依頼された皇子様ですね。今となっては、わたくしめの意識も彼岸に飛んでおりますので、もう霊験を引き寄せる法も忘れましたわい。何かご用でいらっしゃいますか」</p>
<p>と聖は驚くのだが、微笑みながらゲンジの君を見つめている。いかにも本物っぽい大聖なのである。聖は薬を処方し、ゲンジの君に飲ませた。仏の加護を祈っていると日が昇り出すのだった。ゲンジの君は、しばし外に出て周囲を展望する。高台なので、ここかしこの寺院宿舎が、はっきりと見下ろせるのだった。</p>
<p>　「曲がりくねった道の下に、同じような柴を編んだ垣根が見事に張り巡らされているね。素朴な家が廊下続きになっていて、木立がそよそよ揺れている。どんな人が住んでいるのかな？」</p>
<p>とゲンジの君がたずねると、取り巻きの一人が、</p>
<p>　「あれが、例の僧侶が二年ほど籠もっているという宿舎ですよ」</p>
<p>と答えるので、</p>
<p>　「ずいぶんな身分の人が住んでいる所だね。こんな小汚い姿を見られたら格好がつかないな」</p>
<p>と漏らす。洒落た女の子供たちが蜘蛛の子を散らすように出てきて、聖水を汲んだり、花を折ったりする姿が丸見えなのだった。</p>
<p>　「あそこに女がいる」</p>
<p>　「僧侶は女なんて囲わないだろ」</p>
<p>　「どういう女だろうか」</p>
<p>と取り巻きが騒ぎ出す。とうとう下へ降りて覗く者もいて、</p>
<p>　「着飾った若い女や女官、女の童が見えた」</p>
<p>と言う。</p>
<p>　ゲンジの君は祈っている。日が盛って、「病は良くなるだろうか」と逡巡していると、</p>
<p>　「気分転換でもして思い詰めないのが一番の治療ですよ」</p>
<p>と聖に諭されたので、後ろの山に登って都の方角を眺めてみた。</p>
<p>　「遙か彼方まで霞んでいるね。あたりの梢が霧まみれだ。絵を見ているようだよ。こんな場所に住めば仙人気分だろう」</p>
<p>とゲンジの君が言うと、</p>
<p>　「まだまだこの辺の景色は序の口です。最果ての地にある海や山の佇まいを見たら、絵画の神髄も会得できましょう。富士の山、その他の山」</p>
<p>などと話す取り巻きがいた。それから西の国の、煌びやかな海岸や、磯の展望について話し、取り巻きたちは、ゲンジの君の意識を病から切り離そうとするのだった。</p>
<p>　「この近くでは、播磨の国の明石という海岸が壮観です。なにが凄いと聞かれても困るのですが、じっと海面を見渡すと他の海にはない雄大さがあるんです。前任の播磨の長官が仏門に入りまして、娘を純粋培養している家があるんですが、これがまた見事なんですよ。その入道というのが、大臣の後裔で出世頭だったのですが、変態なんです。人付き合いが嫌いで、近衛中将だったのに辞めちゃったんです。それから自ら進んで播磨の長官に左遷されたという変わり者でして。播磨の土着の者にも馬鹿にされたとかで、『どの面をさげて都に帰るんだ！』と逆上して坊主になったそうです。坊主が山奥に籠もらずに辺境の海に住んでいるのだから、おかしな話ですよね。播磨にも隠遁生活に相応しい土地がありますが、山奥は人気がなくて物騒ですし、若い妻子が惨めな気分になるからでしょうか、まあ、保養地のような住まいなんですよ。先日、帰省のついでに様子を見に行ったんです。入道は、都では干されていましたが、田舎だったら広大な土地を買い占めて屋敷を造築することもできたんでしょう。何と言っても播磨の長官ですから、悠々自適のリタイヤなんです。来世への願いも半端じゃなくって、むしろ坊主になってから貫禄が出てきた人ですね」</p>
<p>と取り巻きの一人が言った。ゲンジの君は、</p>
<p>　「で、その娘というのは」</p>
<p>とたずねる。</p>
<p>　「まずまずですね。見た目や性格も悪くないです。歴代の長官も下心があるようで、求婚をほのめかすのですが、入道は全く相手にしないんです。『落ちぶれた自分に変わって、一人娘に托した信念がある。私の死後、意志を遂げられないのであれば海に身投げしなさい』などと、とんでもない遺言を繰り返していまして」</p>
<p>と答えるので、ゲンジの君は興味津々である。取り巻きたちは、</p>
<p>　「竜宮城の姫にでもなるのかよ」</p>
<p>　「身の程知らずにも程がある」</p>
<p>などと馬鹿にしている。</p>
<p>　こんな話をするのは、今の播磨の長官の息子で、六位の蔵人から五位に出世し、都に配属された男なのだった。</p>
<p>　「お前は助平だから、その入道の遺言を破ろうとしているんだろう」</p>
<p>　「それで覗きに行ったんだな」</p>
<p>と茶化されている。</p>
<p>　「とやかく言っても田舎娘だもんな。幼いときから田舎で育って、そんなカビ臭い親に教育されているんだから」</p>
<p>　「いや、母親の血筋がいいのだろう。そこそこの若い女官や女の童たちを、都の上流家庭からゆかりを辿って呼び寄せたのさ。ピカピカに娘を可愛がっているようだ」</p>
<p>　「次の播磨の長官にえげつない人が就任したら、そんな悠長なこともしていられんだろう」</p>
<p>などと取り巻きたちが話す。ゲンジの君は、</p>
<p>　「なぜ海の底までも深刻に考えるんだろうね。海底のミルメという海草は見る目にも汚いだろうに」</p>
<p>と駄洒落を言うのだが、実は好奇心でいっぱいなのだった。取り巻きたちは、ゲンジの君の変態好きを知っているので、こんな話を喜ぶのは、お見通しなのである。</p>
<p>　「そろそろ日が暮れます。ずいぶんと顔色が良くなってきたようですよ。急いで撤収しましょう」</p>
<p>と誰かが言うのだが、聖はそれを制し、</p>
<p>　「悪霊に取り憑かれたというお話も伺いましたから、今夜は静かにお祈りをなさって、それからお戻りください」</p>
<p>と言う。「確かにそうだ」と一同も納得する。ゲンジの君は、「こんな旅行は滅多にできない」と興奮ぎみに、「それでは明日の明け方に帰ろう」とはしゃぐのだった。</p>
<p>　</p>
<p><span id="more-1411"></span>（原文）<br />
　瘧病にわづらひたまひて、よろづにまじなひ、加持などまゐらせたまヘど、しるしなくて、あまたたびおこりたまひければ、ある人、「北山になむ、なにがし寺といふ所に、かしこき行ひ人はべる。去年の夏も世におこりて、人々まじなひわづらひしを、やがてとどむるたぐひあまたはべりき。ししこらかしつる時はうたてはべるを、疾くこそこころみさせたまはめ」など聞こゆれば、召しに遣はしたるに、「老いかがまりて室の外にもまかでず」と申したれば、「いかがはせむ。いと忍びてものせん」とのたまひて、御供に睦ましき四五人ばかりして、まだ暁におはす。</p>
<p>　やや深う入る所なりけり。三月のつごもりなれば、京の花、さかりはみな過ぎにけり。山の桜はまださかりにて、入りもておはするままに、霞のたたずまひもをかしう見ゆれば、かかるありさまもならひたまはず、ところせき御身にて、めづらしう思されけり。</p>
<p>　寺のさまもいとあはれなり。峰高く、深き岩の中にぞ、聖入りゐたりける。登りたまひて、誰とも知らせたまはず、いといたうやつれたまヘれど、しるき御さまなれば、</p>
<p>　「あなかしこや。一日召しはべりしにやおはしますらむ。今はこの世のことを思ひたまへねば、験方の行ひも、棄て忘れてはべるを、いかで、かうおはしましつらむ」</p>
<p>と、驚き騒ぎ、うち笑みつつ見たてまつる。いとたふとき大徳なりけり。さるべきもの作りて、すかせたてまつり、加持などまゐるほど、日高くさしあがりぬ。すこし立ち出でつつ見わたしたまヘば、高き所にて、ここかしこ、僧坊どもあらはに見おろさるる。</p>
<p>　「ただこのつづら折の下に、同じ小柴なれど、うるはしくしわたして、きよげなる屋廊などつづけて、木立いとよしあるは、何人の住むにか」</p>
<p>と問ひたまヘば、御供なる人、</p>
<p>　「これなん、なにがし僧都の、この二年籠りはべる方にはべるなる」</p>
<p>　「心恥づかしき人住むなる所にこそあなれ。あやしうも、あまりやつしけるかな。聞きもこそすれ」</p>
<p>などのたまふ。きよげなる童などあまた出で来て、閼伽奉り、花折りなどするもあらはに見ゆ。</p>
<p>　「かしこに女こそありけれ」</p>
<p>　「僧都は、よもさやうにはすゑたまはじを」</p>
<p>　「いかなる人ならむ」</p>
<p>と口々言ふ。下りてのぞくもあり。</p>
<p>　「をかしげなる女子ども、若き人、童べなん見ゆる」</p>
<p>と言ふ。</p>
<p>　君は行ひしたまひつつ、日たくるままに、いかならんと思したるを、</p>
<p>　「とかう紛らはさせたまひて、思し入れぬなんよくはべる」</p>
<p>と聞こゆれば、後の山に立ち出でて、京の方を見たまふ。</p>
<p>　「はるかに霞みわたりて、四方の梢そこはかとなうけぶりわたれるほど、絵にいとよくも似たるかな。かかる所に住む人、心に思ひ残すことはあらじかし」</p>
<p>とのたまヘば、</p>
<p>　「これはいと浅くはべり。外の国などにはべる海山のありさまなどを御覧ぜさせてはべらば、いかに御絵いみじうまさらせたまはむ。富士の山、なにがしの嶽」</p>
<p>など語りきこゆるもあり。また西国のおもしろき浦々、磯のうへを言ひつづくるもありて、よろづに紛らはしきこゆ。</p>
<p>　「近き所には、播磨の明石の浦こそなほことにはべれ。何のいたり深き隈はなけれど、ただ海のおもてを見わたしたるほどなん、あやしく他所に似ず、ゆほびかなる所にはべる。かの国の前の守、新発意のむすめかしづきたる家、いといたしかし。大臣の後にて、出で立ちもすべかりける人の、世のひがものにて、交らひもせず、近衛中将を棄てて、申し賜はれりける司なれど、かの国の人にもすこしあなづられて、『何の面目にてか、また都にもかヘらん』と言ひて、頭髪もおろしはべりにけるを、すこし奥まりたる山住みもせで、さる海づらに出でゐたる、ひがひがしきやうなれど、げに、かの国の内に、さも人の籠りゐぬべき所どころはありながら、深き里は人離れ心すごく、若き妻子の思ひわびぬべきにより、かつは心をやれる住まひになんはべる。先つころ、まかり下りてはべりしついでに、ありさま見たまヘに寄りてはべりしかば、京にてこそところえぬやうなりけれ、そこら遥かにいかめしう占めて造れるさま、さはいヘど、国の司にてしおきけることなれば、残りの齢ゆたかに経べき心がまヘも、二なくしたりけり。後の世の勤めもいとよくして、なかなか法師まさりしたる人になんはべりける」</p>
<p>と申せば、</p>
<p>　「さてそのむすめは」</p>
<p>と問ひたまふ。</p>
<p>　「けしうはあらず、容貌心ばせなどはべるなり。代々の国の司など、用意ことにして、さる心ばヘ見すなれど、さらに承け引かず。『わが身のかくいたづらに沈めるだにあるを。この人ひとりにこそあれ。思ふさまことなり。もし我に後れて、その心ざし遂げず、この思ひおきつる宿世違はば、海に入りね』と、常に遺言しおきてはべるなる」</p>
<p>と聞こゆれば、君もをかしと聞きたまふ。人々、</p>
<p>　「海龍王の后になるべきいつきむすめななり」</p>
<p>　「心高さ苦しや」</p>
<p>とて笑ふ。</p>
<p>　かく言ふは播磨守の子の、蔵人より今年冠得たるなりけり。</p>
<p>　「いとすきたる者なれば、かの入道の遺言破りつべき心はあらんかし」</p>
<p>　「さてたたずみ寄るならむ」</p>
<p>と言ひあヘり。</p>
<p>　「いで、さいふとも、田舎びたらむ。幼くよりさる所に生ひ出でて、古めいたる親にのみ従ひたらむは」</p>
<p>　「母こそゆゑあるべけれ。よき若人、童など、都のやむごとなき所どころより、類にふれて、尋ねとりて、まばゆくこそもてなすなれ」</p>
<p>　「情なき人なりてゆかば、さて心やすくてしも、えおきたらじをや」</p>
<p>など言ふもあり。君、</p>
<p>　「何心ありて、海の底まで深う思ひ入るらむ。底のみるめもものむつかしう」</p>
<p>などのたまひて、ただならず思したり。かやうにても、なべてならず、もてひがみたること好みたまふ御心なれば、御耳とどまらむをや、と見たてまつる。<br />
　「暮れかかりぬれど、おこらせたまはずなりぬるにこそはあめれ。はや帰らせたまひなん」</p>
<p>とあるを、大徳、</p>
<p>　「御物の怪など加はれるさまにおはしましけるを、今宵はなほ静かに加持などまゐりて、出でさせたまヘ」</p>
<p>と申す。「さもあること」と皆人申す。君も、かかる旅寝もならひたまはねば、さすがにをかしくて、「さらば暁に」とのたまふ。</p>
<p>　</p>
<p><!--more-->（註釈）<br />
１　瘧病<br />
　・間欠熱の一つで、マラリアではない。俗に「おこり」と呼ばれる、子供にかかりやすい病。</p>
<p>２　閼伽<br />
　・仏前に供える聖水。</p>
<p>３　新発意【しんぼち】<br />
　・新しく発心して仏門に入った者を称する。</p>
<p>４　海龍王<br />
　・竜宮に住み、海を支配する王。</p>
<p>５　冠得<br />
　・五位の官を叙せられること。</p>
<p>６　みるめ<br />
　・「見る目」に「海松【みるめ】】という海草の名前を掛けて言った。</p>
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		<item>
		<title>若紫の帖　（系図と登場人物の年齢）</title>
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		<pubDate>Fri, 03 Sep 2010 09:50:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator>吾妻利秋</dc:creator>
				<category><![CDATA[05 第五章　若紫]]></category>
		<category><![CDATA[源氏物語]]></category>
		<category><![CDATA[系図]]></category>
		<category><![CDATA[若紫帖]]></category>

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		<description><![CDATA[
｜ＷＡＫＡＭＵＲＡＳＡＫＩ
主人公、ゲンジ十八歳の三月から十月までのことである。
　若紫　　　　……　十歳
　若紫の祖母　……　推定四十歳
　藤壺　　　　……　二十三歳
　葵上　　　　……　二十二歳
　明石の娘　　…… [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong><img src="http://genji-m.com/wp-content/uploads/2010/09/wakamurasaki.gif" alt="若紫帖　関係図" title="wakamurasaki" width="500" height="480" class="aligncenter size-full wp-image-1354" /></strong></p>
<p><strong>｜ＷＡＫＡＭＵＲＡＳＡＫＩ</strong></p>
<p>主人公、ゲンジ十八歳の三月から十月までのことである。</p>
<p>　若紫　　　　……　十歳<br />
　若紫の祖母　……　推定四十歳<br />
　藤壺　　　　……　二十三歳<br />
　葵上　　　　……　二十二歳<br />
　明石の娘　　……　九歳 </p>
<p> <br />
<strong>これまでのあらすじ</strong></p>
<p>　ミカドから寵愛を受けた桐壺更衣の御子が、主人公のゲンジの君である。桐壺更衣は、後宮の虐めの心労で夭逝してしまう。私生児同然になったゲンジの君だが、その美貌と才能を武器に後宮を騒がせる貴公子へと成長した。</p>
<p>　雨の夜、ゲンジの君は、部屋に訪れた貴公子たちの話を聞き、中流階級の姫君に興味を持つ。翌日、ゲンジの君は人妻の空蝉と関係を持ってしまった。空蝉はゲンジの君に憧れながらも、深みに嵌らぬよう執拗に拒む。ゲンジの君は空蝉を求めて奇襲を仕掛けるが、空蝉は夏衣を一枚残し消えてしまうのであった。空蝉はゲンジの君の愛情を思って悶絶し、自らの運命を重ねた和歌をなぞる。</p>
<p>　失意のゲンジの君は、乳母であるコレミツの母を五条に見舞った。隣には白い花が咲く家があった。女童が白い花を乗せて差し出した扇に、意味深な歌がしたためてあり、ゲンジの君はこの家の姫君に興味を持つ。お互いに正体を隠したままの恋が始まり、次第に二人は引かれあう。八月の十五夜、ゲンジの君は女を荒ら屋に誘った。その夜、ゲンジは女の可愛さに心を奪われるのだが、深夜に悪霊が現れ女に取り憑いた。女は未明に息を引き取った。コレミツの力を借りて人知れず葬儀を済ませたが、ゲンジの君も病に倒れてしまう。病状の回復後、女に付き添った女官の右近から詳細を聞き、ゲンジの君は、頭中将の愛人の夕顔だったと知るのだった。</p>
]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>十四　空蝉、伊予に下る</title>
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		<pubDate>Fri, 03 Sep 2010 09:48:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>吾妻利秋</dc:creator>
				<category><![CDATA[04 第四章　夕顔]]></category>
		<category><![CDATA[源氏物語]]></category>
		<category><![CDATA[夕顔帖]]></category>

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		<description><![CDATA[（現代語訳）
　十月初日、伊予のスケが任地へ旅立った。「女たちも一緒に旅立つ」と聞き、ゲンジの君は心づくしの餞別をする。他にも内緒で、精密な細工を施した櫛や扇の数多くと、手間をかけた祓え幣を贈り、例の薄い衣を添えて空蝉に [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>（現代語訳）<br />
　十月初日、伊予のスケが任地へ旅立った。「女たちも一緒に旅立つ」と聞き、ゲンジの君は心づくしの餞別をする。他にも内緒で、精密な細工を施した櫛や扇の数多くと、手間をかけた祓え幣を贈り、例の薄い衣を添えて空蝉に返却した。</p>
<p>　巡り会う形見と思い想い出の涙で朽ちる袖の夏服</p>
<p>と一首詠んであったが、手紙の詳細を説明するつもりはないので、いつも通り省略する。届けに来た使者が帰ってしまったので、空蝉は弟を伝令に薄い衣の返歌を送った。</p>
<p>　抜け殻を返して貰う夏服の夏は戻らぬ夏の蝉鳴く</p>
<p>　「考えれば、あり得ない執念で拒絶し続けた女だったな」と思うゲンジの君に、空蝉は爪痕を残したのだった。今日は冬の立つ日である。折しも時雨れて空が寂しい。ゲンジの君は放心しながら、一首詠む。</p>
<p>　去る人も別れる人もそれぞれの秋の終わりに分かれ道ある</p>
<p>　秘められた恋は浪花節だったと身に沁みて知っただろう。こんな醜態を必死に隠すゲンジの君が哀れなので、何もかも割愛していたのだが、「なぜミカドの息子だからと、スキャンダルを知る人が揉み消し、そんなに崇め奉るのだ」と意見され、この物語が「絵空事だ」と言われたのにいたたまれなくなって書いた。この口の軽さが、血祭りに上がることを覚悟の上で。</p>
<p>　</p>
<p><span id="more-1337"></span>（原文）<br />
　伊予介、神無月の朔日ごろに下る。「女房の下らんに」とて、手向け心ことにせさせたまふ。また内々にもわざとしたまひて、こまやかにをかしきさまなる櫛扇多くして、幣などわざとがましくて、かの小袿も遣はす。</p>
<p>　逢ふまでの形見ばかりと見しほどにひたすら袖の朽ちにけるかな</p>
<p>こまかなる事どもあれど、うるさければ書かず。御使帰りにけれど、小君して小袿の御返りばかりは聞こえさせたり。</p>
<p>　蝉の羽もたちかへてける夏衣かヘすを見ても音はなかれけり</p>
<p>　思ヘど、あやしう人に似ぬ心強さにてもふり離れぬるかな、と思ひつづけたまふ。今日ぞ冬立つ日なりけるもしるく、うちしぐれて、空のけしきいとあはれなり。ながめ暮らしたまひて、</p>
<p>　過ぎにしもけふ別るるもふた道に行く方知らぬ秋の暮かな</p>
<p>　なほかく人知れぬことは苦しかりけり、と思し知りぬらんかし。かやうのくだくだしきことは、あながちに隠ろへ忍びたまひしもいとほしくて、みなもらし止めたるを、「など帝の皇子ならんからに、見ん人さヘかたほならず物ほめがちなる」と、作り事めきてとりなす人ものしたまひければなん。あまりもの言ひさがなき罪避り所なく。</p>
<p>　</p>
<p><!--more-->（註釈）<br />
１　幣【ぬさ】<br />
　・旅の際、紙または衣を細かく切って道祖神に奉るもの。</p>
]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>十三　夕顔の四十九日</title>
		<link>http://genji-m.com/?p=1291</link>
		<comments>http://genji-m.com/?p=1291#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 03 Sep 2010 06:33:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator>吾妻利秋</dc:creator>
				<category><![CDATA[04 第四章　夕顔]]></category>
		<category><![CDATA[源氏物語]]></category>
		<category><![CDATA[夕顔帖]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://genji-m.com/?p=1291</guid>
		<description><![CDATA[（現代語訳）
　夕顔の四十九日の法要は、人目を憚り比叡山の法華堂で取り行われた。ゲンジの君は、略式にせず、装束をはじめ必要な物は全て入念に揃え、ひたすら経文を唱えさせた。経巻物や仏の装飾も格別である。コレミツの兄は徳の高 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>（現代語訳）<br />
　夕顔の四十九日の法要は、人目を憚り比叡山の法華堂で取り行われた。ゲンジの君は、略式にせず、装束をはじめ必要な物は全て入念に揃え、ひたすら経文を唱えさせた。経巻物や仏の装飾も格別である。コレミツの兄は徳の高い阿闍梨で、これを立派に取り仕切った。ゲンジの君と昵懇な漢学博士を呼び、仏への願文を作らせる。ゲンジの君が、故人が誰かを隠したまま、「愛した人が儚く亡くなってしまったので、後は阿弥陀仏にすべて委ねます」と手厚く書いて博士に見せると、</p>
<p>　「これでよろしいでしょう。添削の必要もありません」</p>
<p>と答える。ゲンジの君が、耐えきれず涙を落とし身悶えるのを見て博士が、</p>
<p>　「どんな人でしょうか。あなたの思い人が亡くなったとは聞いていませんが、こんなに煩悶させるとは、何とも幸せ女性です」</p>
<p>と慰めるのだった。</p>
<p>　ゲンジの君は秘密に仕立てさせた装束の袴を手にして、</p>
<p>　泣き濡れて今は結ぶ下紐を　再びほどく日をも知らずに</p>
<p>と一首詠み、来世に托して下紐を結ぶ。「四十九日の間、この世を彷徨っていた魂は、どこへ流れていくのだろう」と思いを馳せ、ひたすら祈った。</p>
<p>　ゲンジの君は頭中将を見ると訳もなく動揺した。娘の撫子が生きていると知らせたいが、追及されるのが怖くて言い出せないのだ。</p>
<p>　あの夕顔の咲く家では、行方不明の姫を心配するのだが、捜索が難航した。右近とも音信不通なので不審に思うのだが、悲しみに暮れ合うしかなかった。通っていたのはゲンジの君ではないかという未確認情報もあったので、コレミツを尋問してみたが、我関せずを決めこんでいる。適当に誤魔化し、相変わらず浮ついている様子は、悪い冗談のようだった。「もしかしたら地方役人の変態息子が、頭中将に恐れをなして田舎へ誘拐したのではないか」と良からぬ想像まで膨らませる始末である。</p>
<p>　この家の主人は、都の西の乳母なる人の娘である。三人姉妹だったが、右近とは血が繋がっていないので、「右近が他人行儀に何も教えてくれないのだ」と泣き偲ぶ。右近の方でも、面倒な事になるのは嫌だった。ゲンジの君が事実の露見を恐れて隠蔽しているので、幼い姫の消息を聞くこともできない。かくして時間だけが過ぎ、夕顔の亡骸は行旅死亡人扱いになったのだった。</p>
<p>　ゲンジの君は夢にでも夕顔と逢いたかった。比叡山の法事の翌晩、あの荒ら屋で枕元に浮かび上がった悪霊が、ぼんやりと現れたので、「荒れ地に巣喰った化け物が自分に憑依して、取り返しの付かないことが起きたのだ」と考えて身震いした。</p>
<p>　</p>
<p><span id="more-1291"></span>（原文）<br />
　かの人の四十九日、忍びて比叡の法華堂にて、事そがず、装束より始めてさるべき物どもこまかに、誦経などせさせたまふ。経仏の飾までおろかならず、惟光が兄の阿闍梨いと尊き人にて、二なうしけり。御文の師にて睦ましく思す文章博士召して、願文作らせたまふ。その人となくて、あはれと思ひし人の、はかなきさまになりにたるを、阿弥陀仏に譲りきこゆるよし、あはれげに書き出でたまヘれば、</p>
<p>　「ただかくながら。加ふべきことはべらざめり」</p>
<p>と申す。忍びたまヘど、御涙もこぼれて、いみじく思したれば、</p>
<p>　「何人ならむ。その人と聞こえもなくて、かう思し嘆かすばかりなりけん宿世の高さ」</p>
<p>と言ひけり。</p>
<p>　忍びて調ぜさせたまへりける装束の袴をとり寄せさせたまひて、</p>
<p>　泣くなくも今日はわが結ふ下紐をいづれの世にかとけて見るべき</p>
<p>このほどまでは漂ふなるを、いづれの道に定まりて赴くらんと、思ほしやりつつ、念誦をいとあはれにしたまふ。</p>
<p>　頭中将を見たまふにも、あいなく胸騒ぎて、かの撫子の生ひ立つありさま聞かせまほしけれど、かごとに怖ぢてうち出でたまはず。</p>
<p>　かの夕顔の宿には、いづかたにと思ひまどヘど、そのままにえ尋ねきこえず。右近だに訪れねば、あやしと思ひ嘆きあヘり。たしかならねど、けはひをさばかりにやとささめきしかば、惟光をかこちけれど、いとかけ離れ、気色なく言ひなして、なほ同じごとすき歩きければ、いとど夢の心地して、もし受領の子どものすきずきしきが、頭の君に怖ぢきこえて、やがて率て下りにけるにやとぞ思ひよりける。</p>
<p>　この家主ぞ西の京の乳母のむすめなりける。三人その子はありて、右近は他人なりければ、思ひ隔てて、御ありさまを聞かせぬなりけりと、泣き恋ひけり。右近はた、かしがましく言ひ騒がれんを思ひて、君も今さらに漏らさじと忍びたまヘば、若君の上をだにえ聞かず、あさましく行く方なくて過ぎゆく。</p>
<p>　君は夢をだに見ばやと思しわたるに、この法事したまひてまたの夜、ほのかに、かのありし院ながら、添ひたりし女のさまも同じやうにて見えければ、荒れたりし所に棲みけん物の我に見入れけんたよりに、かくなりぬることと思し出づるにもゆゆしくなん。</p>
<p>　</p>
<p><!--more-->（註釈）<br />
１　誦経<br />
　・喪主の願いを書いて、仏に供える文章。</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>十二　空蝉、ゲンジを見舞う</title>
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		<comments>http://genji-m.com/?p=1253#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 02 Sep 2010 09:18:38 +0000</pubDate>
		<dc:creator>吾妻利秋</dc:creator>
				<category><![CDATA[04 第四章　夕顔]]></category>
		<category><![CDATA[源氏物語]]></category>
		<category><![CDATA[夕顔帖]]></category>

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		<description><![CDATA[（現代語訳）
　あの伊予のスケの家の小君、空蝉の弟が、ゲンジの君の所へ来ることはあったが、以前のような伝言はなくなった。空蝉は、「嫌な女だと思って相手にしなくなったのね」と後ろめたく思う。そんな折に、ゲンジの君の病を聞い [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>（現代語訳）<br />
　あの伊予のスケの家の小君、空蝉の弟が、ゲンジの君の所へ来ることはあったが、以前のような伝言はなくなった。空蝉は、「嫌な女だと思って相手にしなくなったのね」と後ろめたく思う。そんな折に、ゲンジの君の病を聞いたので、さすがに溜息も漏れるのだった。これから夫に連れられて都を下ろうとしているので、やはり寂しく、「もう忘れてしまったのかしら」と、試しに、</p>
<p>　「病気だと聞いて心配していますが、伝える言葉を持っていなくて、</p>
<p>　問わぬのはなぜと問わずに時が過ぎ気づかぬうちに心乱れる</p>
<p>　人よりも自分が苦しいという歌は本当でした」</p>
<p>と便りを出したのだった。ゲンジの君は、まさか空蝉から便りがあると思わなかった。あの恋心を忘れられずに、</p>
<p>　「生きている意味がないというのは、誰の台詞でしょうか、</p>
<p>　抜け殻の落ちる世界が憂鬱だと教えた君にいのち繋がる</p>
<p>　儚い私です」</p>
<p>と返す。病後の震える手で乱れ書いた手紙もまばゆいばかりである。空蝉は、「あの抜け殻のことを忘れていないのだ」と思い出し、恋しくもあり、面はゆくもあった。こんな事務的な文通ならするのだが、それ以上の進展は望まない。それでもつまらない女とは思われずに終わりたいと思う打算だけは働くのだった。</p>
<p>　もう一人の軒端の荻は、蔵人少将を婿にしたと、ゲンジの君の耳に届いた。「理解に苦しむ。私たちの関係を知ったら少将はどう思うだろうか」と、ゲンジの君は身につまされる。そして、あの女のその後も気になるので、空蝉の弟を呼んで、</p>
<p>　「私が死ぬほど愛しているのをわかっていますか」</p>
<p>と伝言させる。</p>
<p>　ひそかにも軒端に荻を結ばずに露の恨みをかけたりしない</p>
<p>と手紙を長い荻の枝に結んで、「人に気づかれないようにしろよ」と言うのだが、むしろ、「少将に見つかって、発覚すれば良い」と思った。「知られても、奴は許さざるを得ないだろう」と世間を舐めきっているのだった。</p>
<p>　弟が少将の留守に手紙を持って行くと、軒端の荻は、「世間体が悪い」と思いながらも、思い出してくれたのが嬉しくて、「即興だから」と開き直って返歌を渡す。</p>
<p>　突然の思わせぶりの風にゆれ露につつまれ枯れてゆく萩</p>
<p>下手くそな筆跡を誤魔化すように、気取って書かれた文字が歪んでいる。ゲンジの君は、火影で見た二人の女を思い出した。「碁盤に差し向かって姿勢を正していた人は、いつまでも忘れられない印象があった。この人は何も考えずに、はしゃいでのぼせていたな」と懐かしく、嫌な気はしなかった。性懲りもなく、また女好きの浮き名を立てそうな雲行きである。ゲンジの君は何の学習もしていないようだ。</p>
<p>　</p>
<p><span id="more-1253"></span>（原文）<br />
　かの伊予の家の小君参るをりあれど、ことにありしやうなる言づてもしたまはねば、うしと思しはてにけるをいとほしと思ふに、かくわづらひたまふを聞きて、さすがにうち嘆きけり。遠く下りなんとするを、さすがに心細ければ、思し忘れぬるかとこころみに、</p>
<p>　「うけたまはり悩むを、言に出でてはえこそ、</p>
<p>　問はぬをもなどかと問はでほどふるにいかばかりかは思ひ乱るる</p>
<p>　益田はまことになむ」</p>
<p>と聞こえたり。めづらしきに、これもあはれ忘れたまはず、</p>
<p>　「生けるかひなきや、誰が言はましごとにか、</p>
<p>　うつせみの世はうきものと知りにしをまた言の葉にかかる命よ</p>
<p>　はかなしや」</p>
<p>と、御手もうちわななかるるに、乱れ書きたまヘるいとうつくしげなり。なほかのもぬけを忘れたまはぬを、いとほしうもをかしうも思ひけり。かやうに憎からずは聞こえかはせど、け近くとは思ひ寄らず、さすがに言ふかひなからずは見えたてまつりてやみなんと、思ふなりけり。</p>
<p>　かの片つ方は蔵人少将をなん通はすと聞きたまふ。あやしや、いかに思ふらむと、少将の心の中もいとほしく、またかの人の気色もゆかしければ、小君して、</p>
<p>　「死にかヘり思ふ心は知りたまヘりや」</p>
<p>と言ひ遣はす。</p>
<p>　ほのかにも軒端の荻を結ばずは露のかごとを何にかけまし</p>
<p>高やかなる荻につけて、「忍びて」とのたまヘれど、とりあやまちて、少将も見つけて、我なりけりと思ひあはせば、さりとも罪ゆるしてんと、思ふ御心おごりぞあいなかりける。</p>
<p>　少将のなきをりに見すれば、心うしと思ヘど、かく思し出でたるもさすがにて、御返り、口ときばかりをかごとにて取らす。</p>
<p>　ほのめかす風につけても下荻のなかばは霜に結ぼほれつつ</p>
<p>手はあしげなるを、紛らはし、ざればみて書いたるさま、品なし。灯影に見し顔思し出でらる。うちとけで向ひゐたる人は、え疎みはつまじきさまもしたりしかな。何の心ばせありげもなくさうどき誇りたりしよと、思し出づるに憎からず。なほ懲りずまにまたもあだ名立ちぬべき御心のすさびなめり。</p>
<p>　</p>
<p><!--more-->（註釈）<br />
１　益田<br />
　・拾遺集、恋四、詠み人知らず「ねぬなはの苦しかるらむ人よりも我ぞ益田のいける甲斐なき」「池」と「生け」が掛詞。益田の池は、大和国高市郡、今の奈良県にある。</p>
<p>２　生けるかひなき<br />
　・上記参照</p>
<p>３　懲りずまにまたも<br />
　・古今集、恋三、詠み人知らず「こりずまにまたもなき名は立ちぬべし人憎からぬ世にし住まへば」</p>
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		<title>十一　夕顔の正体</title>
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		<pubDate>Wed, 01 Sep 2010 13:35:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator>吾妻利秋</dc:creator>
				<category><![CDATA[04 第四章　夕顔]]></category>
		<category><![CDATA[源氏物語]]></category>
		<category><![CDATA[夕顔帖]]></category>

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		<description><![CDATA[（現代語訳）
　九月の二十日を過ぎると、ゲンジの君の病は完治した。すっかりやつれたのだが、それが何とも色っぽいのだ。空気ばかり見つめて声を上げて泣いている。それを見た女官は、「化け物に取り憑かれたのかも知れない」と心配す [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>（現代語訳）<br />
　九月の二十日を過ぎると、ゲンジの君の病は完治した。すっかりやつれたのだが、それが何とも色っぽいのだ。空気ばかり見つめて声を上げて泣いている。それを見た女官は、「化け物に取り憑かれたのかも知れない」と心配するのだった。</p>
<p>　気持ちの良い夕暮、ゲンジの君は右近を呼び、お喋りをする。</p>
<p>　「どうしてあの人は正体を隠したんだろう。理解に苦しむよ。たとえ漁師の子だったとしても、この私の恋の炎を振り払って牽制したんだから、寂しいね」</p>
<p>などとゲンジの君が言い出すので、右近は、</p>
<p>　「強情に隠す理由はありませんでした。伝えるタイミングを逃しただけです。知られても、どうにもならない名前ですから。虹をつかむような出会いに、姫様は『現実世界の出来事に思えない』と言っていました。あなた様のことも『名前を隠すほどの身分の人なのでしょう』って……。その場限りの遊びと考えて悩んでいました」</p>
<p>と答えるしかなかった。</p>
<p>　「お互いにやせ我慢だったね。私だって隠すつもりは無かったよ。でもね、こんな火遊びは初めてだったんだ。私には、ミカドからの忠告もあるし、他にも用心することが多い境遇なのだ。ただの戯れ言をしても、大火事のように騒がれて、たちまち批難の的になってしまう。それでも、あの白い花を見た夕暮から恋が始まった。あの人が心にちらついて、無茶をしてでも会いに行ったのに、こんな仕打ちに合うなんて。今は懐かしく、そして切ない。こんなに儚い恋なのに、なぜあんなにも悲しく可愛い人だったんだろう。もっとあの人のこと話して欲しい。今夜は何も隠さず教えてくれ。七日七日、仏画を描いて供養しても、誰のことを心に思えばいいのか、わからないんだ」</p>
<p>とゲンジの君が言うのだった。</p>
<p>　「隠し事なんて滅相もない。ただ、本人が隠し通したことを、亡き後に話すのは、あまりにも口が軽いと思いまして。そう、あの方のご両親は早くに他界しました。殿は三位中将と申した方です。姫様をずいぶんと可愛がっていましたが、ご自身の出世がままならないことを悩んでいるうちに、命さえままならなくなってしまって。そんな折、偶然にも、まだ少将だった頭中将様がご執心になったのです。三年間、熱心に通っていらっしゃったのですが、去年の秋、中将様の奥方の実家から、とても非道いことを言われました。臆病な姫様は、恐ろしくて仕方がなかったのでしょう。都の西に乳母がおりましたので、逃げて隠れたのです。そこも息苦しい場所で、住み続けるのが限界になりました。山奥に籠もろうかと思っていた矢先に、今年から不吉な方角になってしまって。方位除けへと、場末へ潜伏していたら、あなた様に見つかってしまったのです。姫様は、途方に暮れていました。人一倍神経質な人だから、恋心を知られるのが恥ずかしかったのでしょう。ことさらに平静を装っていたようです」</p>
<p>と右近が話すので、ゲンジの君は「やっぱりな」と思い、ますます夕顔が可哀想になった。</p>
<p>　「中将は子供が不明だと嘆いていたが、それは本当か？」</p>
<p>と右近に問うと、</p>
<p>　「はい。一昨年の春に生まれました。あどけない女の子でして」</p>
<p>と答える。ゲンジの君は、</p>
<p>　「どこにいるのか？　誰にも内緒で私に預けるようにしてくれないか。儚く死んだ人の形見だと思えば、これほど嬉しいことはない」</p>
<p>などと言い出すのだった。挙げ句の果てには、</p>
<p>　「本当は中将に伝えるのが筋だが、細かいことで恨まれるかも知れない。どちらにしても、育てて悪いって言うことはないのだから、その子の乳母をも適当に誤魔化して、ここに連れてきてくれ」</p>
<p>と言い出す始末だ。</p>
<p>　「それは嬉しいお申し出です。あの都の西で大人になるのは不憫ですから。私たちではろくな教育ができいので、あそこに預けてあるだけなのです」</p>
<p>と右近も満更ではない。</p>
<p>　夕暮は静かで、空も透き通っている。庭の植え込みは枯れ枯れで、虫の声も虫の息だ。染まりゆく紅葉が絵画のように広がる。見渡す右近は、まさかの展開に、あの夕顔の咲いた五条の家を思い出して恥ずかしくなるのだった。竹藪の中では家鳩という鳥が不機嫌に鳴いている。それを聞くゲンジの君は、例の隠れ家で、この鳥が鳴く声をずいぶん怖がった夕顔の姿が、なんとも可愛らしかったと思い出されて、</p>
<p>　「あの人は何歳だったのか。人並み外れて華奢には見えたのだから、やっぱり長生きはできない人だったのだ」</p>
<p>と聞いた。</p>
<p>　「十九歳になったのでしょう。私は姫様の亡き乳母の娘でございます。母に捨てられたように先立たれた私を、三位中将の君が可愛がってくれまして、姫様の側から離さず育ててくれましたのに。ご恩を思えば、私など生きていることも憚られます。どうしてあんな生活に馴れてしまったのかと、今となっては後悔さえします。か弱い姫様だけを頼りにして、ずっと今日まで生きて来たのですから」</p>
<p>と右近が答える。ゲンジの君が、</p>
<p>　「儚くみえる女はいとおしい。頭が良くても我が儘な女なんて、とても好きになれない。私は鈍くさくて頼りない男だからね。女は無邪気で、ともすると男に騙されそうな感じもするのだけど、やっぱり臆病で、恋人だけを信じているような人が可愛いんだ。そんな人を、私の思いどおりに教育していけたら、きっと素敵だろうね」</p>
<p>などと言うので、右近も、</p>
<p>　「姫様だったら、そんなお好みにぴったりの人だと思うのです。思い出すだけでもつらくて」</p>
<p>と泣き出した。空が曇りだし、風が冷たくなる。ゲンジの君は空を静かに見つめ、</p>
<p>　亡骸の煙を雲と眺めれば夕日の空に恋は吸われる</p>
<p>と口ずさむ。右近は返歌できない。ただ、夕顔が生きていればと思い、胸が潰れるのだった。ゲンジの君は、騒がしく思った五条の衣を打つ棍棒の音さえ恋しく思われて、「八月、九月、まさに長き夜、千声、万声止むときなし」と歌いながら眠りに落ちた。</p>
<p>　</p>
<p><span id="more-1210"></span>（原文）<br />
　九月二十日のほどにぞおこたりはてたまひて、いといたく面痩せたまヘれど、なかなかいみじくなまめかしくて、ながめがちに音をのみ泣きたまふ。見たてまつり咎むる人もありて、御物の怪なめりなどいふもあり。</p>
<p>　右近を召し出でて、のどやかなる夕暮に物語などしたまひて、</p>
<p>　「なほいとなむあやしき。などてその人と知られじとは隠いたまヘりしぞ。まことに海人の子なりとも、さばかりに思ふを知らで隔てたまひしかばなむつらかりし」</p>
<p>とのたまへば、</p>
<p>　「などてか深く隠しきこえたまふことははべらん。いつのほどにてかは、何ならぬ御名のりを聞こえたまはん。はじめよりあやしうおぼえぬさまなりし御事なれば、『現ともおぼえずなんある』とのたまひて、御名隠しもさばかりにこそはと、聞こえたまひながら、なほざりにこそ紛らはしたまふらめとなん、うきことに思したりし」</p>
<p>と聞こゆれば、</p>
<p>　「あいなかりける心くらべどもかな、我はしか隔つる心もなかりき。ただかやうに人にゆるされぬふるまひをなん、まだならはぬことなる。内裏に諌めのたまはするをはじめ、つつむこと多かる身にて、はかなく人に戯れ言を言ふもところせう、とりなしうるさき身のありさまになんあるを、はかなかりし夕より、あやしう心にかかりて、あながちに見たてまつりしも、かかるべき契りこそはものしたまひけめと、思ふもあはれになむ。またうち返しつらうおぼゆる。かう長かるまじきにては、などさしも心にしみてあはれとおぼえたまひけん。なほくはしく語れ。今は何ごとを隠すべきぞ。七日七日に仏かかせても、誰がためとか心の中にも思はん」</p>
<p>とのたまへば、</p>
<p>　「何か隔てきこえさせはべらん。みづから忍び過ぐしたまひしことを、亡き御後に口さがなくやはと、思うたまふるばかりになん。親たちははや亡せたまひにき。三位中将となん聞こえし。いとらうたきものに思ひきこえたまへりしかど、わが身のほどの心もとなさを思すめりしに、命さヘたヘたまはずなりにし後、はかなきもののたよりにて、頭中将なんまだ少将にものしたまひし時、見そめたてまつらせたまひて、三年ばかりは心ざしあるさまに通ひたまひしを、去年の秋ごろ、かの右の大殿よりいと恐ろしきことの聞こえ参で来しに、もの怖ぢをわりなくしたまひし御心に、せん方なく思し怖ぢて、西の京に御乳母の住みはべる所になむ、這ひ隠れたまへりし。それもいと見苦しきに住みわびたまひて、山里に移ろひなんと思したりしを、今年よりは塞がりける方にはべりければ、違ふとて、あやしき所にものしたまひしを見あらはされたてまつりぬることと、思し嘆くめりし。世の人に似ずものづつみをしたまひて、人にもの思ふ気色を見えんを恥づかしきものにしたまひて、つれなくのみもてなして御覧ぜられたてまつりたまふめりしか」</p>
<p>と語り出づるに、さればよと思しあはせて、いよいよあはれまさりぬ。</p>
<p>　「幼き人まどはしたりと中将の愁へしは、さる人や」</p>
<p>と問ひたまふ。</p>
<p>　「しか。一昨年の春ぞものしたまへりし。女にていとらうたげになん」</p>
<p>と聞こゆ。</p>
<p>　「さていづこにぞ。人にさとは知らせで、我に得させよ。あとはかなくいみじと思ふ御形見に、いと嬉しかるべくなん」</p>
<p>とのたまふ。</p>
<p>　「かの中将にも伝ふべけれど、言ふかひなきかごと負ひなん。とざまかうざまにつけて、育まむに咎あるまじきを、そのあらん乳母などにも異ざまに言ひなしてものせよかし」</p>
<p>など語らひたまふ。</p>
<p>　「さらばいと嬉しくなんはべるべき。かの西の京にて生ひ出でたまはんは心苦しくなん。はかばかしく扱ふ人なしとて、かしこになむ」</p>
<p>と聞こゆ。</p>
<p>　タ暮の静かなるに、空の気色いとあはれに、御前の前栽枯れ枯れに、虫の音も鳴きかれて、紅葉のやうやう色づくほど、絵に描きたるやうにおもしろきを見わたして、心より外にをかしき交らひかなと、かの夕顔の宿を思ひ出づるも恥づかし。竹の中に家鳩といふ鳥のふつつかに鳴くを聞きたまひて、かのありし院にこの鳥の鳴きしをいと恐ろしと思ひたりしさまの面影にらうたく思し出でらるれば、</p>
<p>　「年齢は幾つにかものしたまひし。あやしく世の人に似ず、あえかに見えたまひしも、かく長かるまじくてなりけり」</p>
<p>とのたまふ。</p>
<p>　「十九にやなりたまひけん。右近は、亡くなりにける御乳母の捨ておきてはべりければ、三位の君のらうたがりたまひて、かの御あたり去らず生ほし立てたまひしを、思ひたまヘ出づれば、いかでか世にはべらんとすらん。いとしも人にと、くやしくなん。ものはかなげにものしたまひし人の御心を頼もしき人にて、年ごろならひはべりけること」</p>
<p>と聞こゆ。</p>
<p>　「はかなびたるこそはらうたけれ。かしこく人になびかぬ、いと心づきなきわざなり。みづからはかばかしくすくよかならぬ心ならひに、女はただやはらかに、とりはづして人に欺かれぬべきが、さすがにものづつみし、見ん人の心には従はんなむあはれにて、わが心のままにとり直して見んに、なつかしくおぼゆべき」</p>
<p>などのたまヘば、</p>
<p>　「この方の御好みにはもて離れたまはざりけりと思ひたまふるにも、口惜しくはべるわざかな」</p>
<p>とて泣く。空のうち曇りて、風冷やかなるに、いといたくながめたまひて、</p>
<p>　見し人の煙を雲とながむれば夕の空もむつましきかな</p>
<p>と、独りごちたまヘど、えさし答ヘも聞こえず。かやうにておはせましかばと思ふにも、胸ふたがりておぼゆ。耳かしがましかりし砧の音を思し出づるさへ恋しくて、「正に長き夜」と、うち誦じて臥したまヘり。</p>
<p>　</p>
<p><!--more-->（註釈）<br />
１　海人の子<br />
　・新古今、雑下、詠み人知らず「白波の寄する渚に世を尽くす海人の子なれば宿も定めず」</p>
<p>２　七日七日<br />
　・十三の仏（不動明王・釈迦如来・文殊菩薩・普賢菩薩・地蔵菩薩・弥勒菩薩・薬師如来・観音菩薩・勢至菩薩・阿弥陀如来・阿しゅく如来・大日如来・虚空蔵菩薩）のうち、七つの名を、七日七日に書いて供養した。</p>
<p>３　いとしも人に<br />
　・拾遺集、恋四、詠み人知らず「思ふとていとこそ人に馴れざらめしかならひてぞ見ねば恋しき」</p>
<p>４　正に長き夜<br />
　・『白氏文集』「八月九月正長夜、千声万声無了時」</p>
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		<title>十　ゲンジの君、夕顔の亡骸と対面する</title>
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		<pubDate>Wed, 25 Aug 2010 11:08:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator>吾妻利秋</dc:creator>
				<category><![CDATA[04 第四章　夕顔]]></category>
		<category><![CDATA[源氏物語]]></category>
		<category><![CDATA[夕顔帖]]></category>

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		<description><![CDATA[（現代語訳）
　日が落ちてから二条院にコレミツが来た。触穢だと説明してあるので、訪問者は庭先で用を済ませ、人気がない。ゲンジの君はコレミツを呼び、
　「どうだ？　手遅れだったか」
と袖を顔に押し当て泣く。コレミツも貰い泣 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>（現代語訳）<br />
　日が落ちてから二条院にコレミツが来た。触穢だと説明してあるので、訪問者は庭先で用を済ませ、人気がない。ゲンジの君はコレミツを呼び、</p>
<p>　「どうだ？　手遅れだったか」</p>
<p>と袖を顔に押し当て泣く。コレミツも貰い泣きして、</p>
<p>　「すでに息を引き取っていらっしゃいました。いつまでも亡骸を安置しておくわけにはいきません。明日が葬儀に適当な日取りですから、知り合いの高僧に段取りを依頼してあります」</p>
<p>と答える。ゲンジの君が「付き添いの女は？」と問う。</p>
<p>　「その人も、生きているのが嫌だと……。後を追うと取り乱しまして、今朝は谷に身投げをしようとしました。『五条の家に知らせます』と言うので、『落ち着いてから事情を説明しなさい』と言い聞かせてあります」</p>
<p>コレミツの報告に、ゲンジの君は悲しみが増して、</p>
<p>　「私も体調が優れない。そろそろ死ぬかも知れない」</p>
<p>などと弱音を吐くのだった。コレミツは、</p>
<p>　「何を言い出すんですか。そういう考え方は良くありません。全ては運命に委ねられているのですよ。今回のことは誰にも知られぬよう、コレミツの面子にかけて全てを解決させます」</p>
<p>と励ます。ゲンジの君も、</p>
<p>　「そうだな。だけど、私の女たらしが人命を奪うとは。世間の糾弾が怖い。お前の妹の少将命婦にも内緒にしてくれ。尼君にはなおさらだぞ。浮ついた話にはうるさい人だから、これが知れたら顔向けできない……」</p>
<p>と釘を刺す。</p>
<p>　「他の法師たちにも、適当な話をして誤魔化してあります」</p>
<p>とコレミツが言うので、ゲンジの君は少し安心した。この密談を僅かに聞いた女官などは、</p>
<p>　「おかしい。触穢だと言って後宮にも参内なさらないし、秘密会議をして、ため息なんて」</p>
<p>といぶかしむ。</p>
<p>　「葬儀は人事を尽くせ」</p>
<p>とゲンジの君が式の手順を言い聞かせるのだが、コレミツは、</p>
<p>　「そう重々しいのは無理でしょう」</p>
<p>と立ち上がった。ゲンジの君はいっそう悲しくなり、</p>
<p>　「お前は駄目だと言うだろうが、私はもう一度、あの人の亡骸と対面したい。馬で向かうぞ」</p>
<p>と駄々をこねる。コレミツは節操がないと思いつつ、</p>
<p>　「そこまでお考えでしたら仕方がありません。早くお出かけになって、夜更け前にはお帰りください」</p>
<p>と折れるのだった。夕顔の元へ通うために仕立てた、変装用の狩衣に着替えて出発する。</p>
<p>　心が暗闇に支配されるのがたまらなく、この危ない道を進むのだが、危険な目に遭うのはもう懲り懲りだった。迷いに迷ったが、悲しみのやり場が他になく、「夕顔の亡骸を現世で見ておかなければ、次の世界で巡り会うことができない」という思いに駆られて、五条に忍んだように、コレミツと家来を連れて先を急ぐ。道程が果てしなく感じられた。</p>
<p>　立ち待ちの月が上る夜の始めに、賀茂の河原を下る。先駆の火が頼りなく、鳥辺野の葬地は不気味だが、ゲンジの君は何も感じない。ただ悲しみに暮れたまま到着したのだった。寒気がするような場所に、板葺きの家があり、隣には尼が勤行をする堂がある。寂寞の地だ。仏に供えた灯りが隙間から微かに漏れている。建物からは女が一人、泣く声だけが聞こえる。外では、二、三人の僧侶が、おしゃべりをしながら小声で念仏を唱えている。寺々の夕方の勤行も終了し、あたりは静まりかえっているのだった。清水寺だけは灯りが多く見えて人々が往来している。尼君の息子の高僧がしめやかな声で経を読んでいるので、ゲンジの君は涙が涸れるまで泣けそうな気がした。中に入ると、灯りを亡骸から遠ざけ、屏風の向こうで右近が泣き伏している。ゲンジの君は「どんなにやりきれないことだろうか」と胸を詰まらせた。夕顔の亡骸は気味悪さもなく、可愛らしいままで、まだ生きているようだ。ゲンジの君は、亡骸の手を取って、</p>
<p>　「もう一度、声を聞かせてください。前世でどんな契りを交わしたのでしょうか。短い間だったけど、私の全てを捧げて愛したというのに、あなたは私を残して悲しませるのですね。あんまりだ」</p>
<p>と憚らず泣きに泣いた。この男の正体を知らない僧侶達も、愛情の深さに、みな貰い泣きした。</p>
<p>　ゲンジの君は、右近に、</p>
<p>　「さあ、私と一緒に二条院へ行きましょう」</p>
<p>と言うのだが、右近は、</p>
<p>　「子供の頃から、いつでも一緒だった人と急に別れることになったのです。私にはもう、帰る場所なんてありません。みんなに何て弁解したらいいかもわからない。姫を亡くして悲しいだけじゃないの。みんなから後ろ指を指されるのが怖い」</p>
<p>と泣きじゃくり、「煙になって姫と一緒に消えてしまいたい」と喚く始末だった。</p>
<p>　「お前の気持ちもわかるが、人の死はどうにもならない。離別は全て悲しいのだ。先に死ぬか、後に残されるか、それは寿命で決まっている。落ち着いて、私を信じるんだ」</p>
<p>とゲンジの君が諫めるのだが、彼もすぐに、</p>
<p>　「こんなことを言う私も、生きる自信がない」</p>
<p>と弱音を吐いた。コレミツが、</p>
<p>　「夜が明けてしまいます。早く帰りましょう」</p>
<p>と急かす。ゲンジの君は何度も振り返り、胸を詰まらせながら二条院を目指した。道は大量の朝露を受け、深い霧が視界を奪う。位置感覚を失ったゲンジの君は、知らない場所を彷徨っている気分だった。生きているように寝かされた夕顔の亡骸、一緒にくるまって眠った自分の赤い着物が掛けられていたことなどを思い出せば、前世でどんな縁があったのかと偲ばれる。ゲンジの君が馬にも乗れないほど混乱しているので、コレミツが介抱しながら進む。賀茂の土手を過ぎる頃、ゲンジの君は馬からするすると落ちて、狼狽したまま、</p>
<p>　「このまま道ばたで野垂れ死ぬのかもしれない。二条院まで持たない」</p>
<p>とこぼした。これにはコレミツも動揺した。「私にもっと配慮があれば、君の我が儘を突っぱねて、こんな道を連れ歩いたりしなかった。やはり、葬地にお連れするべきではなかったのだ」と思えば泣けてくる。川の水で手を清め、清水観音の方角を拝み、途方に暮れた。それでも、ゲンジの君は、必死に耐えて心に仏を念じた。コレミツたちに助けられて、やっとの思いで二条院へ到着したのだった。</p>
<p>　ゲンジの君が不振な夜歩きばかりしているので、女官達は、</p>
<p>　「見苦しいことをしていらっしゃる。最近はせわしなく夜歩きをしているけれど、昨夜はあんなに顔色が悪かったのに。そこまでして出かけるなんて正気じゃないわ」</p>
<p>と歎き合うのだった。</p>
<p>　ゲンジの君の体調が悪化した。とても苦しがり、二、三日後には憔悴した。ミカドが知って、心配したのは計り知れない。各地で祈祷が催された。祭、お祓い、加持祈祷など、あらん限りが尽くされる。この国の人々は、「人間離れした美貌のお方だから、美人薄命とはこのことか」と、噂し、騒ぎ立てた。</p>
<p>　病苦に悩まされる間にも関わらず、ゲンジの君は右近を二条院に呼んだ。自分に近い部屋を与え、身の回りの世話をさせる。コレミツはゲンジの君の病に動揺していたが、決して表には出さず、頼りなさそうにしている右近を支えて伺候させた。ゲンジの君は、病状が少しでも軽くなると右近を呼び出し身の回りの世話をさせたので、暫くすると右近もこの生活に慣れた。真っ黒な喪服を着た右近は、大した美貌ではなかったが、端から見ればまずまずの若い女官のようだ。</p>
<p>　「短かったが、不思議な関係だった。私もこのまま生きていられないような気がする。長く頼りにした主人を亡くしたあなたは、ずいぶん寂しいだろうね。私が生き長らえたら、あなたの面倒をみさせて欲しいのだが、私もあの人の後を追うことになるだろう。あなたには悪いことをした」</p>
<p>とゲンジの君が右近にだけ聞こえるように言い、消え入りそうに泣くので、右近は主人のことも忘れて、この男の病状をどこまでも不憫に思った。</p>
<p>　二条院の人々は、戸惑いに宙ぶらりんだ。後宮の使者は雨脚よりも激しくやってくる。ミカドが心痛が尋常ではないことを聞き、ゲンジの君は畏れ多く思い、努めて気丈を装った。左大臣家の面々も献身的に看病した。左大臣は毎日、見舞いを欠かさず、まめまめしく世話をした。その効果だろうか、二十日以上も寝込んでいたが後遺症もなく、ゲンジの君の病状は徐々に快復へと向かった。</p>
<p>　三十日間の触穢の謹慎が明けた夜、ゲンジの君の病も回復した。ミカドの心配が気が気でなく、真っ先に後宮の宿直所に向かった。帰りは左大臣が自分の車で迎えに来て、病後の生活をうるさく監視した。ゲンジの君は虚脱状態で、しばらくの間は、パラレルワールドにでも生まれ変わったような気がしたのだった。</p>
<p><span id="more-1150"></span>（原文）<br />
　日暮れて惟光参れり。かかる穢らひありとのたまひて、参る人々もみな立ちながらまかづれば、人しげからず。召し寄せて、</p>
<p>　「いかにぞ、いまはと見はてつや」</p>
<p>とのたまふままに、袖を御顔に押し当てて泣きたまふ。惟光も泣く泣く、</p>
<p>　「今は限りにこそはものしたまふめれ。長々と籠りはべらんも便なきを、明日なん日よろしくはべれば、とかくの事、いと尊き老僧のあひ知りてはべるに、言ひ語らひつけはべりぬる」</p>
<p>と聞こゆ。「添ひたりつる女はいかに」と、のたまヘば、</p>
<p>　「それなんまたえ生くまじくはべるめる。我も後れじとまどひはべりて、今朝は谷に落ち入りぬとなん見たまヘつる。『かの古里人に告げやらん』と申せど、『しばし思ひしづめよ、事のさま思ひめぐらして』となん、こしらヘおきはべりつる」</p>
<p>と語りきこゆるままに、いといみじと思して、</p>
<p>　「我もいと心地なやましく、いかなるべきにかとなんおぼゆる」</p>
<p>とのたまふ。</p>
<p>　「何か、さらに思ほしものせさせたまふ。さるべきにこそよろづのことはべらめ。人にも漏らさじと思うたまふれば、惟光下り立ちてよろづはものしはべる」</p>
<p>など申す。</p>
<p>　「さかし、さみな思ひなせど、浮びたる心のすさびに人をいたづらになしつるかごと負ひぬべきが、いとからきなり。少将命婦などにも聞かすな。尼君ましてかやうのことなど諌めらるるを、心恥づかしくなんおぼゆべき」</p>
<p>と、口がためたまふ。</p>
<p>　「さらぬ法師ばらなどにも、みな言ひなすさまことにはべる」</p>
<p>と聞こゆるにぞ、かかりたまヘる。ほの聞く女房など、</p>
<p>　「あやしく、何ごとならん。穢らひのよしのたまひて、内裏にも参りたまはず、またかくささめき嘆きたまふ」</p>
<p>と、ほのぼのあやしがる。</p>
<p>　「さらに事なくしなせ」</p>
<p>と、そのほどの作法のたまヘど、</p>
<p>　「何か、ことごとしくすべきにもはべらず」</p>
<p>とて立つが、いと悲しく思さるれば、</p>
<p>　「便なしと思ふべけれど、いま一たびかの亡骸を見ざらむがいといぶせかるべきを、馬にてものせん」</p>
<p>とのたまふを、いとたいだいしきこととは思ヘど、</p>
<p>　「さ思されんはいかがせむ。はやおはしまして、夜更けぬさきに帰らせおはしませ」</p>
<p>と申せば、このごろの御やつれにまうけたまへる狩の御装束着かヘなどして出でたまふ。</p>
<p>　御心地かきくらし、いみじくたヘがたければ、かくあやしき道に出で立ちても、危ふかりし物懲りに、いかにせんと思しわづらヘど、なほ悲しさのやる方なく、ただ今の骸を見では、またいつの世にかありし容貌をも見む、と思し念じて、例の大夫随身を具して出でたまふ。道遠くおぼゆ。</p>
<p>　十七日の月さし出でて、河原のほど、御前駆の火もほのかなるに、鳥辺野の方など見やりたるほどなど、ものむつかしきも何ともおぼえたまはず、かき乱る心地したまひて、おはし着きぬ。あたりさヘすごきに、板屋のかたはらに堂建てて行ヘる尼の住まひ、いとあはれなり。御燈明の影ほのかに透きて見ゆ。その屋には、女ひとり泣く声のみして、外の方に法師ばらの二三人物語しつつ、わざとの声立てぬ念仏ぞする。寺々の初夜もみな行ひはてて、いとしめやかなり。清水の方ぞ光多く見え、人のけはひもしげかりける。この尼君の子なる大徳の、声尊くて経うち読みたるに、涙の残りなく思さる。入りたまへれば、灯取り背けて、右近は屏風隔てて臥したり。いかにわびしからんと見たまふ。恐ろしきけもおぼえず、いとらうたげなるさまして、まだいささか変りたるところなし。手をとらヘて、</p>
<p>　「我にいま一度声をだに聞かせたまヘ。いかなる昔の契りにかありけん、しばしのほどに心を尽くしてあはれに思ほえしを、うち棄ててまどはしたまふがいみじきこと」</p>
<p>と、声も惜しまず泣きたまふこと限りなし。大徳たちも、誰とは知らぬに、あやしと思ひてみな涙落しけり。</p>
<p>　右近を、</p>
<p>　「いざ二条院へ」</p>
<p>と、のたまヘど、</p>
<p>　「年ごろ幼くはべりしより片時たち離れたてまつらず馴れきこえつる人に、にはかに別れたてまつりて、いづこにか帰りはべらん。いかになりたまひにきとか人にも言ひはべらん。悲しきことをばさるものにて、人に言ひ騒がれはべらんがいみじきこと」</p>
<p>と言ひて、泣きまどひて、「煙にたぐひて慕ひ参りなん」と言ふ。</p>
<p>　「ことわりなれど、さなむ世の中はある。別れといふもの悲しからぬはなし。とあるもかかるも、同じ命の限りあるものになんある。思ひ慰めて我を頼め」</p>
<p>とのたまひこしらへても、</p>
<p>　「かく言ふわが身こそは、生きとまるまじき心地すれ」</p>
<p>とのたまふも、頼もしげなしや。惟光、</p>
<p>　「夜は明け方になりはべりぬらん。はや帰らせたまひなん」</p>
<p>と聞こゆれば、かヘりみのみせられて、胸もつとふたがりて、出でたまふ。道いと露けきに、いとどしき朝霧に、いづこともなくまどふ心地したまふ。ありしながらうち臥したりつるさま、うちかはしたまヘりしが、わが御紅の御衣の着られたりつるなど、いかなりけん契りにかと、道すがら思さる。御馬にもはかばかしく乗りたまふまじき御さまなれば、また惟光添ひ助けて、おはしまさするに、堤のほどにて御馬よりすべり下りて、いみじく御心地まどひければ、</p>
<p>　「かかる道の空にてはふれぬべきにやあらん、さらにえ行き着くまじき心地なんする」</p>
<p>とのたまふに、惟光心地まどひて、わがはかばかしくは、さのたまふとも、かかる道に率て出でたてまつるべきかは、と思ふに、いと心あわたたしければ、川の水に手を洗ひて、清水の観音を念じたてまつりても、すべなく思ひまどふ。君もしひて御心を起こして、心の中に仏を念じたまひて、またとかく助けられたまひてなん、二条院へ帰りたまひける。</p>
<p>　あやしう夜深き御歩きを、人々、</p>
<p>　「見苦しきわざかな、このごろ例よりも静心なき御忍び歩きのしきる中にも、昨日の御気色のいと悩ましう思したりしに、いかでかくたどり歩きたまふらん」</p>
<p>と、嘆きあヘり。</p>
<p>　まことに、臥したまひぬるままに、いといたく苦しがりたまひて、二三日になりぬるに、むげに弱るやうにしたまふ。内裏にも聞こしめし嘆くこと限りなし。御祈祷方々に隙なくののしる。祭祓修法など言ひつくすべくもあらず。世にたぐひなくゆゆしき御ありさまなれば、世に長くおはしますまじきにやと、天の下の人の騒ぎなり。</p>
<p>　苦しき御心地にもかの右近を召し寄せて、局など近く賜ひてさぶらはせたまふ。惟光心地も騒ぎまどヘど、思ひのどめて、この人のたづきなしと思ひたるをもてなし助けつつさぶらはす。君はいささかひまありて思さるる時は、召し出でて使ひなどすれば、ほどなく交らひつきたり。服いと黒くして、容貌などよからねど、かたはに見苦しからぬ若人なり。</p>
<p>　「あやしう短かりける御契りに引かされて、我も世にえあるまじきなめり。年ごろの頼み失ひて心細く思ふらん慰めにも、もしながらヘばよろづにはぐくまむとこそ思ひしか、ほどもなくまた立ち添ひぬべきが口惜しくもあるべきかな」</p>
<p>と、忍びやかにのたまひて、弱げに泣きたまヘば、言ふかひなきことをばおきて、いみじく惜しと思ひきこゆ。</p>
<p>　殿の内の人、足を空にて思ひまどふ。内裏より御使雨の脚よりもけにしげし。思し嘆きおはしますを聞きたまふにいとかたじけなくて、せめて強く思しなる。大殿も経営したまひて、大臣日々に渡りたまひつつ、さまざまの事をせさせたまふしるしにや、二十余日いと重くわづらひたまヘれど、ことなるなごり残らずおこたるさまに見えたまふ。</p>
<p>　穢らひ忌みたまひしもひとつに満ちぬる夜なれば、おぼつかながらせたまふ御心わりなくて、内裏の御宿直所に参りたまひなどす。大殿、わが御車にて迎ヘたてまつりたまひて、御物忌何やとむつかしうつつしませたてまつりたまふ。我にもあらずあらぬ世によみがヘりたるやうに、しばしはおぼえたまふ。</p>
<p><!--more-->（註釈）<br />
１　河原<br />
　・賀茂の河原</p>
<p>２　鳥辺野<br />
　・京都市東山区南部にある墓地</p>
<p>３　声立てぬ念仏<br />
　・正式の供養が終わった後、僧侶達は、話などをしながら自由に口の中だけで念仏を唱えた</p>
<p>４　初夜<br />
　・現在の午後六時頃から八時頃までの勤行</p>
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		<title>九　コレミツ、夕顔の亡骸を処置する</title>
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		<pubDate>Tue, 24 Aug 2010 09:13:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>吾妻利秋</dc:creator>
				<category><![CDATA[04 第四章　夕顔]]></category>
		<category><![CDATA[源氏物語]]></category>
		<category><![CDATA[夕顔帖]]></category>

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		<description><![CDATA[（現代語訳）
　真夜中が過ぎ、少し風が強くなった。森の奥から、よりいっそう松の響きが聞こえてくる。妖しい鳥がガラガラと鳴いている。ゲンジの君は「梟というものだろう」と思った。よくよく思い返してみる。「どの里からも遠い不気 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>（現代語訳）<br />
　真夜中が過ぎ、少し風が強くなった。森の奥から、よりいっそう松の響きが聞こえてくる。妖しい鳥がガラガラと鳴いている。ゲンジの君は「梟というものだろう」と思った。よくよく思い返してみる。「どの里からも遠い不気味な場所だ。人の声もしない。どうしてこんな物騒な場所で乳繰り合おうと思ったんだろう」などと反省しても後の祭りだった。右近はといえば、放心状態でゲンジの君にへばりついて、ぶるぶる震えながら死にそうになっている。この女もおかしくなるのではないかと、ゲンジの君は右近を上の空で抱きしめた。正気なのは自分一人だと思えば、ゲンジの君も放心するしかない。灯りが淡く揺らぎ、母屋の境界に立ててある屏風の上や、あちらこちらの隙間に影が動き出す幻覚に悩まされ、何かの足音が、ひしひしと床を踏み、背後から擦り寄ってくる幻聴まではじまった。ゲンジの君は「コレミツの野郎、早く来い」と切に願う。夜這う家が無数にある男なので、家来達があちらこちらと探し回っているようだが見つからない。夜が明けるまでの長さが、千の夜に等しかった。</p>
<p>　やっと鶏の声が遙か彼方から聞こえる。ゲンジの君は「命までかけて、どうしてこんな恋をしなければならないのだろうか。自分の恋心だが、とんでもないことになった。恋路から足を踏み外して大怪我をした失敗例として後の世にまで語り継がれそうな醜態だ。隠しても事実は消えない。ミカドの耳に入るのは当然で、世の中にも煙が立つはずだ。おしゃべりな子供達の話題にもなりそうだ。そして、社会から変態扱いされるだろう」と気が気でないのだった。</p>
<p>　待ちわびたコレミツ朝臣がやって来た。いつもなら朝から晩まで嫌な顔もせずに言うことを聞くこの男が、今夜に限って近くにいないだけでなく、なかなか来なかったことを恨みつつも、ゲンジの君は呼び入れる。話をしようにも、蜃気楼のような出来事で、何から話していいのかわからないのだった。右近はコレミツ五位が来たのを察し、ゲンジの君と自分の主人の顛末を思い巡らせて泣きだした。遂にゲンジの君も我慢ができなくなった。自分一人が強がって右近の世話をしていたのだが、コレミツを目の前にすると緊張の糸が切れて、悲しみがこみ上げてくるのだった。どこまでも泣いた。そして、落ち着きを取り戻し、</p>
<p>　「大変なことになった。気が動転して言葉にならないんだ。こんな時には僧侶に経を読ませるんだろ。願いも立てなくちゃならない。阿闍梨に来てくれと言ったのだが」</p>
<p>と言う。</p>
<p>　「阿闍梨は昨日、山に帰りました。それにしても妙なことが起こりましたね。前から持病でもあったんでしょうか？」</p>
<p>　「それはなかったと思う」</p>
<p>とゲンジの君が泣く姿が美しく、別次元のようで痛々しい。見ているコレミツも悲しくなって、声を出して泣いた。</p>
<p>　何を言っても、歳を取って世の中の場数を踏んだ人は、いざという時に頼りとなるものだ。ここにいる青二才達では、どうにもならない。コレミツが、</p>
<p>　「ここの管理人に知れたら面倒な事になります。あの男は信用できますが、自然としゃべり散らす家族がいるかも知れません。撤収しましょう」</p>
<p>と言う。</p>
<p>　「でも、ここ以上に人気がない場所はあるまい」</p>
<p>とゲンジの君は怪訝な顔で答えた。</p>
<p>　「確かにそうですが、五条の家に至っては、女官達が悲しんで大騒ぎするでしょう。それに隣近所も多い。怪しまれたら里中に知れ渡る危険があります。山寺であれば、亡骸の搬送も日常なので目立つこともありますまい」</p>
<p>とコレミツは余念がない。</p>
<p>　「昔の知り合いの女官が、出家して東山に住んでいるので、そこに搬送します。私の父の朝臣の乳母が生き延びて隠遁しているのです。人が多い場所ですが、そこだけは閑散としています」</p>
<p>と言って、夜明け前の薄明かりにまみれ、車を寄せる。ゲンジの君に夕顔の亡骸を抱える力が残っていなかったので、コレミツが畳の上に敷いてあるムシロで巻いて車に乗せた。とても小さな夕顔の亡骸は、不浄でなく、可憐にさえ見えた。きつく巻くわけにもいかなかったので、ムシロの隙間から黒髪がこぼれてしまう。ゲンジの君が、それを見て目眩を起こし、悲しみに暮れる。最後まで見届けたいと思うのだが、</p>
<p>　「一刻も早く馬で二条院に帰ってください。明るくなると面倒ですから」</p>
<p>とコレミツが、右近を車に乗せた。自分の馬をゲンジの君に差し出し、自分は指貫の裾を括り上げて歩き出す。不思議な葬送だが、コレミツはゲンジの君の落胆が大きいのを見て、自分の事など構わず歩く。ゲンジの君に至っては、燃え尽きたように二条院へ帰って行った。</p>
<p>　女官達が、「どちらからお帰りでしょうか？　顔色が悪いようですよ」などと言うのだが、ゲンジの君は仕切りの布をめくって奥に入ってしまう。胸を押さえて考えてみると、ただ悲しい。「どうして一緒に車に乗らなかったのか。もし夕顔が蘇生したら、私が見捨てたと思って恨むだろうな」と取り乱しながらも気がかりなのである。胸がつかえて苦しい。ゲンジの君は、頭痛と発熱と悪寒を自覚した。このまま弱って、自分も死ぬのだろうと思った。</p>
<p>　翌日、日が昇ってもゲンジの君が寝ているので、女官達は心配になった。粥などをすすめるのだが、苦しくて受け付けない。ゲンジの君が「私は死ぬのだ」と思っていると、後宮から使者がやって来た。ミカドは昨夜、ゲンジの君が行方不明だったので心配していたのだ。左大臣家の貴公子たちも見舞いに来たが、頭中将にだけ、「立ったままで、少しだけこちらへ」と呼び、簾の中から言った。</p>
<p>　「私の乳母が、五月頃から重い病気でして。髪を下ろして尼になった効果があったのでしょうか、小康状態になったものの、またぶり返して危篤になったのです。一度見舞って欲しいと申し出があって、幼い頃から世話になっている人の今際の願いを無視するのも薄情だと思い訪問したんです。偶然その家の家来が病気になりまして、休暇を取らせる間もなく死んだらしくて……。私に遠慮をして日が暮れてから運び出したというのを後から知りました。これから後宮では神事が多くなりますので、縁起が悪いでしょう。謹慎の必要がありますので後宮には参内できません。それに今朝から風邪になったようで、頭痛がひどく苦しいので、こんな無礼な挨拶で申し訳ない」</p>
<p>頭中将は、</p>
<p>　「そうですか。では、そのように伝えますよ。昨夜の音楽会でも、ミカドはあなたを捜索させてご機嫌斜めでしたよ」</p>
<p>と伝令を終えて帰ろうとするのだが、振り返って、</p>
<p>　「何があったのか教えてください。まさか、そんな言い訳を私が信じるとでも思うんですか？」</p>
<p>と付け足す。図星なので、ゲンジの君は焦る。</p>
<p>　「詳細は説明しなくてもいいのです。突然の不幸に遭遇したとでも言っておいてください。本当に油断していました」</p>
<p>と誤魔化すのだが、胸の奥に言葉にできない悲しみが溢れ出す。ゲンジの君の体調は悪くなるばかりで、誰とも会おうとしなかった。頭中将の弟の蔵人弁を呼び出し、まことしやかに事情を説明し、ミカドに伝えるように頼み、左大臣家にも、事実を捏造した手紙を送って参上できないことを伝えた。</p>
<p><span id="more-1107"></span>（原文）<br />
　夜半も過ぎにけんかし、風のやや荒々しう吹きたるは。まして松の響き木深く聞こえて、気色ある鳥のから声に鳴きたるも、梟はこれにやとおぼゆ。うち思ひめぐらすに、こなたかなたけ遠くうとましきに、人声はせず、などてかくはかなき宿は取りつるぞと、くやしさもやらん方なし。右近はものもおぼえず、君につと添ひたてまつりて、わななき死ぬべし。またこれもいかならんと心そらにてとらヘたまヘり。我ひとりさかしき人にて、思しやる方ぞなきや。灯はほのかにまたたきて、母屋の際に立てたる屏風の上、ここかしこのくまぐましくおぼえたまふに、物の、足音ひしひしと踏みならしつつ、背後より寄り来る心地す。惟光とく参らなんと思す。あり処定めぬ者にて、ここかしこ尋ねけるほどに、夜の明くるほどの久しさ、千夜を過ぐさむ心地したまふ。</p>
<p>　からうじて鳥の声はるかに聞こゆるに、「命をかけて、何の契りにかかる目を見るらむ。わが心ながら、かかる筋におほけなくあるまじき心のむくいに、かく来し方行く先の例となりぬべきことはあるなめり。忍ぶとも世にあること隠れなくて、内裏に聞こしめさむをはじめて、人の思ひ言はんこと、よからぬ童べの口ずさびになるべきなめり。ありありて、をこがましき名をとるべきかな」と思しめぐらす。</p>
<p>　からうじて惟光朝臣参れり。夜半暁といはず御心に従へる者の、今宵しもさぶらはで、召しにさヘ怠りつるを憎しと思すものから、召し入れて、のたまひ出でんことのあヘなきに、ふとものも言はれたまはず。右近、大夫のけはひ聞くに、はじめよりのことうち思ひ出でられて泣くを、君もえたヘたまはで、我ひとりさかしがり抱き持たまヘりけるに、この人に息をのべたまひてぞ、悲しきことも思されける、とばかり、いといたくえも止めず泣きたまふ。ややためらひて、</p>
<p>　「ここに、いとあやしき事のあるを、あさましと言ふにもあまりてなんある。かかるとみの事には誦経などをこそはすなれとて、そのことどももせさせん、願なども立てさせむとて、阿闍梨ものせよ、と言ひやりつるは」</p>
<p>と、のたまふに、</p>
<p>　「昨日山ヘまかり登りにけり。まづいとめづらかなる事にもはべるかな。かねて例ならず御心地ものせさせたまふことやはべりつらん」</p>
<p>　「さることもなかりつ」</p>
<p>とて、泣きたまふさま、いとをかしげにらうたく、見たてまつる人も、いと悲しくて、おのれもよよと泣きぬ。</p>
<p>　さ言ヘど、年うちねび、世の中のとあることとしほじみぬる人こそ、もののをりふしは頼もしかりけれ、いづれもいづれも若きどちにて、言はむ方もなけれど、</p>
<p>　「この院守などに聞かせむことは、いと便なかるべし。この人ひとりこそ睦ましくもあらめ、おのづからもの言ひ漏らしつべき眷属もたち交りたらむ。まづこの院を出でおはしましね」</p>
<p>と、言う。</p>
<p>　「さて、これより人少ななる所はいかでかあらん」</p>
<p>と、のたまふ。</p>
<p>　「げにさぞはべらん。かの古里は、女房などの悲しびにたヘず、泣きまどひはべらんに、隣しげく、咎むる里人多くはべらんに、おのづから聞こえはべらんを、山寺こそなほかやうの事おのづから行きまじり、物紛るることはべらめ」</p>
<p>と、思ひまはして、</p>
<p>　「昔見たまヘし女房の、尼にてはべる、東山の辺に移したてまつらん、惟光が父の朝臣の乳母にはべりし者のみづはぐみて住みはべるなり。あたりは人しげきやうにはべれど、いとかごかにはべり」</p>
<p>と聞こえて、明けはなるるほどのまぎれに、御車寄す。この人をえ抱きたまふまじければ、上蓆に押しくくみて、惟光乗せたてまつる。いとささやかにて、うとましげもなくらうたげなり。したたかにしもえせねば、髪はこぼれ出でたるも、目くれまどひて、あさましう悲しと思せば、なりはてんさまを見むと思せど、</p>
<p>　「はや御馬にて二条院ヘおはしまさん、人さわがしくなりはべらぬほどに」</p>
<p>とて、右近を添へて乗すれば、徒歩より、君に馬は奉りて、括り引き上げなどして、かつはいとあやしく、おぼえぬ送りなれど、御気色のいみじきを見たてまつれば、身を捨てて行くに、君はものもおぼえたまはず、我かのさまにておはし着きたり。</p>
<p>　人々、「いづこよりおはしますにか、悩ましげに見えさせたまふ」など言ヘど、御帳の内に入りたまひて、胸を押ヘて思ふに、いといみじければ、「などて乗り添ひて行かざりつらん、生きかヘりたらん時いかなる心地せん、見捨てて行きあかれにけりと、つらくや思はむ」と、心まどひの中にも思ほすに、御胸せき上ぐる心地したまふ。御ぐしも痛く、身も熱き心地して、いと苦しく、まどはれたまヘば、かくはかなくて我もいたづらになりぬるなめり、と思す。</p>
<p>　日高くなれど、起き上りたまはねば、人々あやしがりて、御粥などそそのかしきこゆれど、苦しくて、いと心細く思さるるに、内裏より御使あり。昨日え尋ね出でたてまつらざりしより、おぼつがなからせたまふ。大殿の君達参りたまヘど、頭中将ばかりを、「立ちながらこなたに入りたまへ」とのたまひて、御廉の内ながらのたまふ。</p>
<p>　「乳母にてはべる者の、この五月のころほひより、重くわづらひはべりしが、頭剃り戒受けなどして、そのしるしにやよみがヘりたりしを、このごろまた起こりて、弱くなんなりにたる、いま一たびとぶらひ見よと申したりしかば、いときなきよりなづさひし者のいまはのきざみにつらしとや思はんと思うたまへて、まかれりしに、その家なりける下人の病しけるが、にはかに出であヘで亡くなりにけるを、怖ぢ憚りて、日を暮らしてなむ取り出ではべりけるを、聞きつけはべりしかば、神事なるころいと不便なることと思ひたまヘかしこまりて、え参らぬなり。この暁より、咳病にやはべらん、頭いと痛くて苦しくはべれば、いと無礼にて聞こゆること」</p>
<p>などのたまふ。中将、</p>
<p>　「さらば、さるよしをこそ奏しはべらめ。昨夜も、御遊びにかしこく求めたてまつらせたまひて、御気色あしくはべりき」</p>
<p>と聞こえたまひて、たち返りて、</p>
<p>　「いかなる行き触れにかからせたまふぞや。述べやらせたまふことこそ、まことと思ひたまヘられね」</p>
<p>と言ふに、胸つぶれたまひて、</p>
<p>　「かくこまかにはあらで、ただおぼえぬ穢らひに触れたるよしを奏したまへ、いとこそたいだいしくはべれ」</p>
<p>と、つれなくのたまヘど、心の中には、言ふかひなく悲しきことを思すに、御心地もなやましければ、人に目も見あはせたまはず。蔵人弁を召し寄せて、まめやかにかかるよしを奏せさせたまふ。大殿などにも、かかる事ありてえ参らぬ御消息など聞こえたまふ。</p>
<p><!--more-->（註釈）<br />
１　梟<br />
　・梟鳴松桂枝、狐藏蘭菊叢。　（白楽天）『凶宅詩』</p>
]]></content:encoded>
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		<title>八　夕顔、もののけに襲われる</title>
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		<pubDate>Tue, 20 Jul 2010 08:39:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>吾妻利秋</dc:creator>
				<category><![CDATA[04 第四章　夕顔]]></category>
		<category><![CDATA[源氏物語]]></category>
		<category><![CDATA[夕顔帖]]></category>

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		<description><![CDATA[（現代語訳）
　空が暗くなりゲンジの君がうとうとしていると、枕元に相当な美人が座っているのを確認した。
　「あなたを思うと狂おしいのに、こんな得体の知れない女と乳繰り合っているのね。気にくわないわ」
と女が金切り声をあげ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>（現代語訳）<br />
　空が暗くなりゲンジの君がうとうとしていると、枕元に相当な美人が座っているのを確認した。</p>
<p>　「あなたを思うと狂おしいのに、こんな得体の知れない女と乳繰り合っているのね。気にくわないわ」</p>
<p>と女が金切り声をあげて、隣にいる夕顔を叩き起こそうとする。ゲンジの君は化け物の気配を察し飛び起きた。周囲の灯りが消えている。刀を引き抜いてから、右近を呼んだ。右近がちびりそうな顔をして出てくる。</p>
<p>　「渡り廊下の部屋にいる警備兵を起こせ。灯りを持ってこさせるんだ」</p>
<p>とゲンジの君が命令する。右近は、</p>
<p>　「暗くてとても無理です」</p>
<p>と泣きべそだ。ゲンジの君は「子供じゃあるまいし」とあざ笑って手を叩く。音が暗闇に反響して気味が悪い。誰にも聞こえなかったのか警備兵は来なかった。夕顔は怖さに震え動転している。汗びっしょりでパニック状態だ。</p>
<p>　「お姫様は神経質な方だから怖がっていると思います」</p>
<p>と右近も心配で仕方ない。夕顔が白昼の空を儚く眺めていたのを思い出して、ゲンジの君は哀れになった。</p>
<p>　「私が警備兵を呼んでこよう。手拍子は騒がしいからね。ここで彼女の側にいてやってくれ」</p>
<p>とゲンジの君は右近を夕顔の側に引き寄せて、西向きの扉を押し開けた。廊下の灯りが消えている。風が立つ。人影が少なく、警備をするはずの兵隊が悉く寝ている。管理人の息子で日頃から使っている男と子供が一人、それから連れてきた家来がいた。ゲンジの君が呼ぶと目を覚まして返事をする。</p>
<p>　「灯りを持ってこっちに来るんだ。警備兵は魔除けの弓を響かせろ。何でこんな物騒な場所で寝ている。コレミツ朝臣は何をやっているんだ」</p>
<p>とゲンジの君が怒鳴る。</p>
<p>　「先ほどまで待機していたのですが、ご命令もないだろうから明日迎えにあがると言って帰りました」</p>
<p>管理人の息子が平謝りしている。この男は警備兵なので慣れた手つきで弓を鳴らし「火の用心」と叫びながら警備室へ駆けていく。後宮では午後十時の点呼が終わった頃だろう。今は警備兵が名乗り合って確認している時間だと思えば、夜もそんなに更けていないはずだ。ゲンジの君は部屋に戻った。夕顔は倒れたままで、隣に右近が伏している。</p>
<p>　「どうしたんだ。怖がるのにも程がある。廃屋には狐のような獣が出て人を脅かそうと悪戯をするものだ。私がいれば大丈夫」</p>
<p>と右近を抱き起こす。右近は、</p>
<p>　「怖くて寒気がするので伏していました。お姫様はもっと大変なことになっています」</p>
<p>と引きつっている。</p>
<p>　「どんな様子なんだ」</p>
<p>とゲンジの君が夕顔に触ると呼吸がない。抱き寄せて揺すってもへなへなと失神したままだ。子供のような人だから悪霊に取り憑かれたのだろうとゲンジの君は途方に暮れてしまうのだった。警備兵が灯りを持ってくる。右近が腰を抜かしているので、ゲンジの君が自ら衝立を引き寄せて夕顔を隠す。</p>
<p>　「もっと近くへ」</p>
<p>とゲンジの君が叫ぶ。警備兵は急なことに混乱し、畏れ多くて部屋の前までも上がれないのだった。</p>
<p>　「非常事態だ。こっちへ来い」</p>
<p>とゲンジの君が警備兵を引き寄せて見てみると、夕顔の枕元に夢で見た美女が浮かび上がり、陽炎のように消えた。昔話で聞いたことがあったが、まさかこんな場面に遭遇するとは。鳥肌が立つ。それでも夕顔が心配でゲンジの君の心臓は破裂しそうだ。身の危険も忘れて、隣に伏し「おい」と呼びかけるのだが、夕顔の身体は冷たく息をしていない。手遅れだった。頼もしい相談相手がいる場所ではない。法師でもいれば何かの役に立ったかも知れないと思うが、強がったところでゲンジの君とて青二才だ。儚く絶命した夕顔を目の前に放心している。ゲンジの君は亡骸を抱きしめ、</p>
<p>　「生き返ってくれ。私を悲しませないでくれ」</p>
<p>と泣くしかないのだった。夕顔は冷たくなって死後硬直がはじまっていた。右近は怖さも忘れて泣き、取り乱している。ゲンジの君は紫宸殿に出た鬼の話を思い出し、</p>
<p>　「このまま死んだりはしない。闇夜の声は大袈裟に響くから静かにしなさい」</p>
<p>と不安を隠して諫めるのだが、あまりの急展開に呆然としてしまう。警備兵を呼び、</p>
<p>　「化け物に取り憑かれて苦しんでいる女がいると、コレミツ朝臣に急いで来るように伝えろ。阿闍梨がいたら内密に連れてくるように言え。尼君が詮索しても余計なことを言うなよ。私の冒険を許さないから」</p>
<p>とかろうじて命令するのだが、胸が塞がり、夕顔の死を目の前にして取り返しの付かないことをしてしまったと思うのだった。それを周囲の不気味な空気が包み込んでいた。</p>
<p><span id="more-1068"></span>（原文）<br />
　宵過ぐるほど、すこし寝入りたまヘるに、御枕上にいとをかしげなる女ゐて、</p>
<p>　「おのが、いとめでたしと見たてまつるをば、尋ね思ほさで、かくことなることなき人を率ておはして、時めかしたまふこそ、いとめざましくつらけれ」</p>
<p>とて、この御かたはらの人をかき起こさむとすと見たまふ。物に襲はるる心地して、おどろきたまヘれば、灯も消えにけり。うたて思さるれば、太刀を引き抜きて、うち置きたまひて、右近を起こしたまふ。これも恐ろしと思ひたるさまにて参り寄れり。</p>
<p>　「渡殿なる宿直人起こして、紙燭さして参れと言へ」</p>
<p>と、のたまヘば、</p>
<p>　「いかでかまからん、暗うて」</p>
<p>と言ヘば、「あな若々し」と、うち笑ひたまひて、手を叩きたまヘば、山彦の答ふる声いとうとまし。人え聞きつけで、参らぬに、この女君いみじくわななきまどひて、いかさまにせむと思ヘり。汗もしとどになりて、我かの気色なり。</p>
<p>「物怖ぢをなんわりなくせさせたまふ本性にて、いかに思さるるにか」</p>
<p>と、右近も聞こゆ。いとか弱くて、昼も空をのみ見つるものを、いとほしと思して、</p>
<p>　「我人を起こさむ、手叩けば山彦の答ふる、いとうるさし。ここに、しばし、近く」</p>
<p>とて、右近を引き寄せたまひて、西の妻戸に出でて、戸を押し開けたまへれば、渡殿の灯も消えにけり。風すこしうち吹きたるに、人は少なくて、さぶらふかぎりみな寝たり。この院の預りの子、睦ましく使ひたまふ若き男、また上童ひとり、例の随身ばかりぞありける。召せば、御答して起きたれば、</p>
<p>　「紙燭さして参れ。随身も弦打して、絶えず声づくれ、と仰せよ。人離れたる所に心とけて寝ぬるものか。惟光朝臣の来たりつらんは」</p>
<p>と、問はせたまへば、</p>
<p>「さぶらひつれど仰せ言もなし、暁に御迎ヘに参るべきよし申してなん、まかではべりぬる」</p>
<p>と聞こゆ。このかう申す者は、滝口なりければ、弓弦いとつきづきしくうち鳴らして、「火危し」と言ふ言ふ、預りが曹司の方に去ぬなり。内裏を思しやりて、名対面は過ぎぬらん、滝口の宿直奏今こそ、と推しはかりたまふは、まだいたう更けぬにこそは。帰り入りて探りたまヘば、女君はさながら臥して、右近はかたはらにうつ伏し臥したり。</p>
<p>　「こはなぞ、あなもの狂ほしの物怖ぢや。荒れたる所は、狐などやうのものの、人をおびやかさんとて、け恐ろしう思はするならん。まろあれば、さやうのものにはおどされじ」</p>
<p>とて、引き起こしたまふ。</p>
<p>　「いとうたて、乱り心地のあしうはべれば、うつ伏し臥してはべるや。御前にこそわりなく思さるらめ」</p>
<p>と言ヘば、</p>
<p>　「そよ、などかうは」</p>
<p>とて、かい探りたまふに、息もせず。引き動かしたまヘど、なよなよとして、我にもあらぬさまなれば、いといたく若びたる人にて、物にけどられぬるなめりと、せむかたなき心地したまふ。紙燭持て参れり。右近も動くべきさまにもあらねば、近き御几帳を引き寄せて、</p>
<p>「なほ持て参れ」</p>
<p>と、のたまふ。例ならぬことにて、御前近くもえ参らぬつつましさに、長押にもえのぼらず。</p>
<p>　「なほ持て来や。所に従ひてこそ」</p>
<p>とて、召し寄せて、見たまヘば、ただこの枕上に夢に見えつる容貌したる女、面影に見えて、ふと消え失せぬ。昔の物語などにこそかかる事は聞け、といとめづらかにむくつけけれど、まづこの人いかになりぬるぞと思ほす心騒ぎに、身の上も知られたまはず、添ひ臥して、ややとおどろかしたまヘど、ただ冷えに冷え入りて、息はとく絶えはてにけり。言はむ方なし。頼もしくいかにと言ひふれたまふべき人もなし、法師などをこそはかかる方の頼もしきものには思すべけれど。さこそ強がりたまヘど、若き御心にて、言ふかひなくなりぬるを見たまふに、やるかたなくて、つと抱きて、</p>
<p>　「あが君、生き出でたまヘ、いといみじき目な見せたまひそ」</p>
<p>とのたまヘど、冷え入りにたれば、けはひものうとくなりゆく。右近は、ただあなむつかしと思ひける心地みなさめて、泣きまどふさまいといみじ。南殿の鬼のなにがしの大臣おびやかしけるたとひを思し出でて、心強く、</p>
<p>　「さりともいたづらになりはてたまはじ。夜の声はおどろおどろし。あなかま」</p>
<p>と諌めたまひて、いとあわたたしきにあきれたる心地したまふ。この男を召して、</p>
<p>　「ここに、いとあやしう、物に襲はれたる人のなやましげなるを、ただ今惟光朝臣の宿る所にまかりて、急ぎ参るべきよし言ヘと仰せよ。なにがし阿闍梨そこにものするほどならば、ここに来べきよし忍びて言ヘ。かの尼君などの聞かむに、おどろおどろしく言ふな、かかる歩きゆるさぬ人なり」</p>
<p>など、もののたまふやうなれど、胸塞りて、この人を空しくしなしてんことのいみじく思さるるに添ヘて、おほかたのむくむくしさ譬へん方なし。</p>
<p><!--more-->（註釈）<br />
１　弦打<br />
・魔除けのために弓の弦を鳴らすこと。</p>
<p>２　滝口<br />
・蔵人所に属し、禁中を警備する兵士。</p>
<p>３　名対面　滝口の宿直奏<br />
・亥の刻（午後十時頃）に、宿直の殿上人が名乗り合うこと。「宿直申し」ともいう。この後、滝口の武士が弓の弦を鳴らして姓名を名乗った。</p>
<p>４　南殿の鬼<br />
・南殿（紫宸殿）の鬼が大臣（忠平）をおどかしたが、大臣に叱られて逃げていったと『大鏡』の忠平伝にある。</p>
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		<title>七　コレミツの嫉妬</title>
		<link>http://genji-m.com/?p=1048</link>
		<comments>http://genji-m.com/?p=1048#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 19 Jul 2010 08:28:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>吾妻利秋</dc:creator>
				<category><![CDATA[04 第四章　夕顔]]></category>
		<category><![CDATA[源氏物語]]></category>
		<category><![CDATA[夕顔帖]]></category>

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		<description><![CDATA[（現代語訳）
　目覚めると、太陽が天辺に昇る時間だった。ゲンジの君が格子の扉を跳ね上げる。荒廃した庭に人気がなく見渡しが良い。遠くの古い雑木林が不気味だ。近くの草木も鑑賞に堪え得る物ではなく、秋の野原が広がっている。池も [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>（現代語訳）<br />
　目覚めると、太陽が天辺に昇る時間だった。ゲンジの君が格子の扉を跳ね上げる。荒廃した庭に人気がなく見渡しが良い。遠くの古い雑木林が不気味だ。近くの草木も鑑賞に堪え得る物ではなく、秋の野原が広がっている。池も水草で覆われていて、ここは荒れ地なのだった。別棟には部屋があって、誰かが住んでいるらしいが、ここからは遠い。</p>
<p>　「まるで幽霊屋敷だね。でも鬼だって私には手出しできないだろう」</p>
<p>とゲンジの君は余裕だ。まだ顔を隠しているが、夕顔がつれなく思っているようなので、「こんな関係になってまで隠し事をするのも良くない」と、</p>
<p>　　「夕露を受けてひらいたこの花をあなたの前で咲かせてみせる<br />
　露の光はどうだろう？」</p>
<p>一首詠んで覆面を取った。夕顔は思わせぶりな視線で、</p>
<p>　　「光る露みていた花は夕顔で夕暮れ時の空目のように」</p>
<p>とかすれ声で返す。そんな夕顔を、ゲンジの君は意地らしく思うのだった。こうして二人がじゃれ合っている様子は、場所が場所だけに現世の光景には見えない。</p>
<p>　「あなたは誰なの？　いつまでも話してくれないから私も正体を明かすつもりはなかったんだ。もうこうなってしまったんだから名前だけでも教えて欲しい。だって変だよ」</p>
<p>とゲンジの君が尋問するが、夕顔は「私は海の子、根無し草」とはぐらかし、心を許さず駄々っ子みたいだ。</p>
<p>　「私が先にちょっかいを出したのだから仕方がないか」</p>
<p>とゲンジの君は自嘲し、懲りずに話しかける。</p>
<p>　コレミツがゲンジの君の居場所を探し出し、果物などを持ってきた。騙した手前、右近に小言をされてはたまらないので、近寄ることができない。「君が、こうまで徘徊して尻を追いかける女は、きっと相当な上玉だな」と思い「自分が先に唾を付けてしまえばよかった。なんて俺はお人好しなんだ」と逃がした魚は大きかった。</p>
<p>　夕顔は世界の終わりのように静かな黄昏を見つめていた。向こうは暗くて不気味だった。ゲンジの君が端の簾を上げて近くに寝転んでいる。夕日にまみれた顔を見つめ合っていると、夕顔は地球のどこに立っているのかわからなくなった。だんだんと種々の悩みも忘れていくようで、心を許す姿が可愛らしい。ずっとゲンジの君にしがみつき、怯えているのが子供のようで健気だ。ゲンジの君は早めに格子扉を下ろし、灯りを点させた。</p>
<p>　「もう私たちはすっかり結ばれているのに、まだ隠し事をしているのだから理解できないね」</p>
<p>ゲンジの君は不満を言う。</p>
<p>　ゲンジの君は「後宮では、もう捜索がはじまっているだろうから、みんな私を探し回っているだろうな」と思った。それから「不思議な気持ちがする。六条の人は恨んでいるだろうな。悲しいことだが仕方ない」などと、すぐに六条御息所のことを思い浮かんだ。あどけない夕顔に向き合っていると「あんなにプライドが高くて、私を窒息させそうなのがよくない」と二人を天秤に掛けてしまうのだった。</p>
<p><span id="more-1048"></span>（原文）<br />
　日たくるほどに起きたまひて、格子手づから上げたまふ。いといたく荒れて、人目もなくはるばると見わたされて、木立いと疎ましくもの古りたり。け近き草木などはことに見所なく、みな秋の野らにて、池も水草に埋もれたれば、いとけうとげになりにける所かな。別納の方にぞ曹司などして人住むべかめれど、こなたは離れたり。</p>
<p>　「けうとくもなりにける所かな、さりとも、鬼なども我をば見ゆるしてん」</p>
<p>とのたまふ。顔はなほ隠したまヘれど、女のいとつらしと思ヘれば、げにかばかりにて隔てあらむも事のさまに違ひたりと思して、</p>
<p>　　「夕露に紐とく花は玉ぼこのたよりに見えしえにこそありけれ<br />
　露の光やいかに」</p>
<p>と、のたまへば、後目に見おこせて、</p>
<p>　　「光ありと見し夕顔の上露はたそかれ時の空目なりけり」</p>
<p>と、ほのかに言ふ。をかしと思しなす。げに、うちとけたまヘるさま、世になく、所がらまいてゆゆしきまで見えたまふ。</p>
<p>　「尽きせず隔てたまへるつらさに、あらはさじと思ひつるものを。今だに名のりしたまヘ。いとむくつけし」</p>
<p>と、のたまヘど、「海人の子なれば」とて、さすがにうちとけぬさま、いとあいだれたり。</p>
<p>　「よし、これもわれからなめり」</p>
<p>と、恨み、かつは語らひ暮らしたまふ。</p>
<p>　惟光尋ねきこえて、御くだものなど参らす。右近が言はむこと、さすがにいとほしければ、近くもえさぶらひ寄らず。かくまでたどり歩きたまふ、をかしう、さもありぬべきありさまにこそはと推しはかるにも、「わがいとよく思ひ寄りぬべかりしことを、譲りきこえて、心広さよ」など、めざましう思ひをる。</p>
<p>　たとしヘなく静かなる夕の空をながめたまひて、奥の方は暗うものむつかしと、女は思ひたれば、端の簾を上げて添ひ臥したまヘり。タ映えを見かはして、女もかかるありさまを思ひの外にあやしき心地はしながら、よろづの嘆き忘れてすこしうちとけゆく気色、いとらうたし。つと御傍に添ひ暮らして、物をいと恐ろしと思ひたるさま、若う心苦し。格子とく下したまひて、大殿油まゐらせて、</p>
<p>　「なごりなくなりにたる御ありさまにて、なほ心の中の隔て残したまヘるなむつらき」</p>
<p>と、恨みたまふ。</p>
<p>　内裏にいかに求めさせたまふらんを、いづこにも尋ぬらんと思しやりて、かつはあやしの心や、六条わたりにもいかに思ひ乱れたまふらん、恨みられんに苦しうことわりなりと、いとほしき筋はまづ思ひきこえたまふ。何心もなきさし向ひをあはれと思すままに、あまり心深く、見る人も苦しき御ありさまを、すこし取り捨てばやと、思ひくらべられたまひける。</p>
<p><!--more-->（註釈）<br />
１　海人の子なれば<br />
　・白波の寄する渚に世をつくす海人の子なれば宿も定めず　『和漢朗詠集』</p>
<p>２　われから<br />
　・海人の刈る藻にすむ虫のわれからと音をこそ泣かめ世をば恨みじ　『古今和歌集』</p>
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		<title>六　ゲンジの君、十五夜に夕顔を連れ去る</title>
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		<pubDate>Sun, 18 Jul 2010 10:03:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator>吾妻利秋</dc:creator>
				<category><![CDATA[04 第四章　夕顔]]></category>
		<category><![CDATA[源氏物語]]></category>
		<category><![CDATA[夕顔帖]]></category>

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		<description><![CDATA[（現代語訳）
　十五夜の満月の光が隙間だらけの屋根からあふれ出し、ゲンジの君は見慣れない住居の様子が珍しくて仕方ない。夜明け近くになると、隣の家々から目を覚ました貧乏人の声が聞こえる。
　「ああ、寒い。今年は商売あがった [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>（現代語訳）<br />
　十五夜の満月の光が隙間だらけの屋根からあふれ出し、ゲンジの君は見慣れない住居の様子が珍しくて仕方ない。夜明け近くになると、隣の家々から目を覚ました貧乏人の声が聞こえる。</p>
<p>　「ああ、寒い。今年は商売あがったりだ。このままじゃ田舎へ帰ることもままならねえ。おい、お隣さん聞いてるか」</p>
<p>などと愚痴を言い合っている。みみっちい己の仕事のために早起きし、騒がしくなる隣人達が夕顔には恥ずかしかった。見栄っ張りの気取り屋だったら、穴に入りたくなるような集落なのである。夕顔は無邪気なのか、つらくても、悲しくても、恥ずかしくても、平気だった。その仕草が優雅ですらあり、ぼんやりとしている。この騒がしく行儀の悪い隣人について何も知らないようなので、恥ずかしがって火照るよりも罪がない。</p>
<p>　ゴボゴボと落雷よりもおぞましく、踏み臼の音が枕元に響く。ゲンジの君も、これには参って「ああうるさい」と思うのだが、何の音なのかは見当が付かず、ただ「物騒な音がする」と聞くだけだった。せせこましい土地なのである。</p>
<p>　白い衣を打つ棍棒の小さな音が四方から聞こえ、滑空する雁の鳴き声と混ざり合い、不思議なことが多い。端にあった部屋なので、引き戸を開けてゲンジの君と夕顔は外を眺めていた。小さな庭に呉竹が澄まして生え、植え込みの露が後宮と同じように光っている。秋の虫がうるさい。壁に張り付いているコオロギも、普段は遙か彼方に聴くゲンジの君を突撃するように鳴き叫んでいる。いつもと違って面白く聴いているのは、女に狂った副作用なのだった。</p>
<p>　夕顔は白い着物の上に、ふわふわと薄紫の衣を重ねている。貧乏くさいのだが、儚くて可愛らしい。どこに魅力があるのかと問われれば身も蓋もないが、細い身体を震わせて何かを言う様子が痛々しくて男心をくすぐるのだった。ゲンジの君は「もう少し女らしさに気を遣えば」などと夕顔を見つめながらも、もっと距離を縮めたくなった。</p>
<p>　「さあ、この近くでゆっくりと夜を明かそう。こんな関係じゃつまらないから」</p>
<p>とゲンジの君が本性を現すと、</p>
<p>　「急にそんなことを言われても」</p>
<p>と夕顔は屈託がない。ゲンジの君の口が、いつものように自動的に女を口説いていると、夕顔の心を許す様子が尋常でなく、かと言って尻軽女にも見えないので、何もかもどうでも良くなってきた。右近を呼び出し、家来に命令し、車を寄せさせた。この家の女達も、この女狂いの気持ちを充分に察していて、不安に思いながらも下心を持っていたのだ。</p>
<p>　そろそろ夜が明ける。鶏の鳴き声は聞こえず、現世利益を夢みる人が老けた声で唸って参拝しているのが聞こえる。立っているのも覚束なく、修行も楽じゃなさそうだ。ゲンジの君が「明日消えていく露のような幻の世界で、いったい何を探しているのだろうか？」と聞き耳を立てると、「弥勒菩薩よ導き給え」と祈っている。</p>
<p>　「あれを聞いてごらん。来世のことまで祈っている」</p>
<p>とゲンジの君は便乗して、</p>
<p>　修行者の道を標に次の世もふたりのきずな結ばれてゆく</p>
<p>と一首詠む。楊貴妃と玄宗の誓いは縁起が悪いので、比翼の契りの代わりに弥勒菩薩を引っ張ってきたのだ。五十六億七千万年先とは気が遠くなる。</p>
<p>　前世の契りを知らない私なら来世のことを君は知らない</p>
<p>夕顔も返歌をするのだが、出来栄えに不安を隠しきれないようだ。</p>
<p>　いざよう月に誘われて、どことも知れぬ場所に行くことを夕顔はためらう。ゲンジの君が性懲りもなく口説いているうちに、月は雲に隠れ、明けてゆく空が輝きだした。人目に付かぬようにと、いつもの通り急いで出発する。ゲンジの君は夕顔を軽々と抱き上げて車に乗せた。右近が付き添う。近くにある怪しい家に連れ込んで、受付を呼び出し、荒れた門に羊歯が絡みついているのを見上げた。何とも言えない薄暗さだ。霧深く露で湿っぽい。簾を上げていたので、袖がびしょ濡れになった。</p>
<p>　「こんな経験は初めてだけど、心拍数が上がりそうだよ。</p>
<p>いにしえの人もこんなに迷ったか　私の知らぬ明け方の道</p>
<p>あなたは経験済みかな？」</p>
<p>とゲンジの君が誘導尋問する。夕顔は恥ずかしそうに、</p>
<p>　「山の果て知らずに連れて来た月は空の彼方に消えてなくなる</p>
<p>怖いわ」</p>
<p>と恐ろしさに震えながら誤魔化す。ゲンジの君は「人が大勢住んでいた所にいたから」と微笑ましく思い騙される。車を進入させ、西の建物に座敷の用意をさせてから、高い欄干に車の柄を立てかけて固定した。右近は意味もなく浮き足だって、昔のことなどを人知れず思い出してしまう。留守番の者が甲斐甲斐しく走り回っているので、この変態の正体をすっかり知ってしまったのだ。薄明かりの中で物が見えはじめる頃、ゲンジの君は車を降りる。急拵えの簡単な座敷が用意されていた。</p>
<p>　「お供の家来がいないのは不都合です」</p>
<p>と左大臣家にも出入りしている用務員がやって来て、</p>
<p>　「しかるべき人を呼び寄せましょう」</p>
<p>など余計なお世話を焼く。ゲンジの君は、</p>
<p>　「わざわざ人気のない隠れ家を探してきたのだ。余計なことを言うなよ」</p>
<p>と口封じする。粥を御前に出すにしても、配膳する家政婦がいない。何もかもが初めての旅寝、ゲンジの君は絶え間なく夕顔にじゃれついて、いつまでも語りつくすしか術を知らなかった。</p>
<p><span id="more-1023"></span>（原文）<br />
　八月十五夜、隈なき月影、隙多かる板屋残りなく漏り来て、見ならひたまはぬ住まひのさまもめづらしきに、暁近くなりにけるなるべし、隣の家々、あやしき賎の男の声々、目覚まして、</p>
<p>　「あはれ、いと寒しや、今年こそなりはひにも頼む所すくなく、田舎の通ひも思ひかけねば、いと心細けれ、北殿こそ、聞きたまふや」</p>
<p>など、言ひかはすも聞こゆ。いとあはれなるおのがじしの営みに、起き出でてそそめき騒ぐもほどなきを、女いと恥づかしく思ひたり。艶だち気色ばまむ人は、消えも入りぬべき住まひのさまなめりかし。されど、のどかに、つらきもうきもかたはらいたきことも、思ひ入れたるさまならで、わがもてなしありさまは、いとあてはかに児めかしくて、またなくらうがはしき隣の用意なさを、いかなる事とも聞き知りたるさまならねば、なかなか恥ぢかかやかんよりは罪ゆるされてぞ見えける。</p>
<p>　ごほごほと鳴神よりもおどろおどろしく、踏みとどろかす唐臼の音も枕上とおぼゆる、あな耳かしがましと、これにぞ思さるる。何の響きとも聞き入れたまはず、いとあやしうめざましき音なひとのみ聞きたまふ。くだくだしきことのみ多かり。</p>
<p>　白拷の衣うつ砧の音も、かすかに、こなたかなた聞きわたされ、空とぶ雁の声、とり集めて忍びがたきこと多かり。端近き御座所なりければ、遣り戸を引きあけて、もろともに見出だしたまふ。ほどなき庭に、されたる呉竹、前栽の露はなほかかる所も同じごときらめきたり。虫の声々乱りがはしく、壁の中のきりぎりすだに間遠に聞きならひたまヘる御耳に、さし当てたるやうに鳴き乱るるを、なかなかさまかヘて思さるるも、御心ざしひとつの浅からぬに、よろづの罪ゆるさるるなめりかし。</p>
<p>　白き袷、薄色のなよよかなるを重ねて、はなやかならぬ姿、いとらうたげに、あえかなる心地して、そこと取り立ててすぐれたることもなけれど、細やかにたをたをとして、ものうち言ひたるけはひ、あな心苦しと、ただいとらうたく見ゆ。心ばみたる方をすこし添へたらばと見たまひながら、なほうちとけて見まほしく思さるれば、</p>
<p>　「いざ、ただこのわたり近き所に、心やすくて明かさむ。かくてのみはいと苦しかりけり」</p>
<p>と、のたまヘば、</p>
<p>　「いかでか。にはかならん」</p>
<p>と、いとおいらかに言ひてゐたり。この世のみならぬ契りなどまで頼めたまふに、うちとくる心ばヘなど、あやしく様変りて、世馴れたる人ともおぼえねば、人の思はむところもえ憚りたまはで、右近を召し出でて、随身を召させたまひて、御車引き入れさせたまふ。このある人々も、かかる御心ざしのおろかならぬを見知れば、おぼめかしながら頼みかけ聞こえたり。</p>
<p>　明け方も近うなりにけり。鳥の声などは聞こえで、御嶽精進にやあらん、ただ翁びたる声に額づくぞ聞こゆる。起居のけはひたヘがたげに行ふ。いとあはれに、朝の露にことならぬ世を、何をむさぼる身の祈りにか、と聞きたまふ。南無当来導師とぞ拝むなる。</p>
<p>　「かれ聞きたまヘ。この世とのみは思はざりけり」</p>
<p>と、あはれがりたまひて、</p>
<p>　　優婆塞が行ふ道をしるべにて来む世も深き契りたがふな</p>
<p>長生殿の古き例はゆゆしくて、翼をかはさむとはひきかヘて、弥勒の世をかねたまふ。行く先の御頼めいとこちたし。</p>
<p>　　先の世の契り知らるる身のうさに行く末かねて頼みがたさよ</p>
<p>かやうの筋なども、さるは、こころもとなかめり。</p>
<p>　いさよふ月にゆくりなくあくがれんことを、女は思ひやすらひ、とかくのたまふほど、にはかに雲がくれて、明けゆく空いとをかし。はしたなきほどにならぬさきにと、例の急ぎ出でたまひて、軽らかにうち乗せたまヘれば、右近ぞ乗りぬる。そのわたり近きなにがしの院におはしまし着きて、預り召し出づるほど、荒れたる門の忍ぶ草茂りて見上げられたる、たとしヘなく木暗し。霧も深く露けきに、簾をさヘ上げたまへれば、御袖もいたく濡れにけり。</p>
<p>　「まだかやうなる事をならはざりつるを、心づくしなることにもありけるかな。</p>
<p>いにしヘもかくやは人のまどひけんわがまだ知らぬしののめの道</p>
<p>ならひたまヘりや」</p>
<p>と、のたまふ。女恥ぢらひて、</p>
<p>　　「山の端の心もしらでゆく月はうはのそらにて影や絶えなむ<br />
心細く」</p>
<p>とて、もの恐ろしうすごげに思ひたれば、かのさし集ひたる住まひのならひならんと、をかしく思す。御車入れさせて、西の対に御座などよそふほど、高欄に御車ひき懸けて立ちたまヘり。右近艶なる心地して、来し方のことなども、人知れず思ひ出でけり。預りいみじく経営し歩く気色に、この御ありさま知りはてぬ。ほのぼのと物見ゆるほどに、下りたまひぬめり。かりそめなれど、きよげにしつらひたり。</p>
<p>　「御供に人もさぶらはざりけり、不便なるわざかな」</p>
<p>とて、睦ましき下家司にて、殿にも仕うまつる者なりければ、参り寄りて、</p>
<p>　「さるべき人召すべきにや」</p>
<p>など申さすれど、</p>
<p>　「ことさらに人来まじき隠れ処求めたるなり。さらに心より外に漏らすな」</p>
<p>と、口がためさせたまふ。御粥など急ぎまゐらせたれど、取りつぐ御まかなひうちあはず。まだ知らぬことなる御旅寝に、息長川と契りたまふことよりほかのことなし。</p>
<p><!--more-->（註釈）<br />
１　白拷<br />
　・拷【たへ】で作った白い布。卑しい身分の人の着物に使われる。</p>
<p>２　御嶽<br />
　・吉野の金峰山のこと。その山に参拝するために、千日の精進をする。</p>
<p>３　南無当来導師<br />
　・当来導師は弥勒菩薩のこと。釈迦の入滅後、五十六億七千万年を経て現世に現れると伝えられる。</p>
<p>４　長生殿<br />
　・唐の白居易「長恨歌」「七月七日長生殿、夜半無人私語時」</p>
<p>５　下家司<br />
　・貴人の家の雑務を司る家司の下役。</p>
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		<title>五　コレミツの調査報告</title>
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		<pubDate>Mon, 21 Jun 2010 11:34:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator>吾妻利秋</dc:creator>
				<category><![CDATA[04 第四章　夕顔]]></category>
		<category><![CDATA[源氏物語]]></category>
		<category><![CDATA[夕顔帖]]></category>

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		<description><![CDATA[（現代語訳）
　一方、コレミツが引き受けた隣邸の偵察だが、ある程度わかったとみえて報告があった。
　「女の正体はさっぱりわかりません。人目を警戒して潜伏しているようですが、退屈なのでしょうか、南側の跳ね上げ扉の部屋に出て [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>（現代語訳）<br />
　一方、コレミツが引き受けた隣邸の偵察だが、ある程度わかったとみえて報告があった。</p>
<p>　「女の正体はさっぱりわかりません。人目を警戒して潜伏しているようですが、退屈なのでしょうか、南側の跳ね上げ扉の部屋に出てくることがあります。車の音が聞こえると若い女官たちが外を覗いたりするのですが、ここの主人とおぼしき女も交ざっているようです。よく見えなかったのですが、目眩がするほどの美女で……。この間、先払いをする車が通ったときです。見物していた小さな女の子が急いで奥に引っ込んだのです。『右近の方さま。ちょっと見て。頭中将さまがここの前を通るんだから』って言って。それなりの女官が出てきて、『うるさいこと』なんてぶつくさしながらも、『どうしてわかったの？　どれ、私が見てみましょう』などと覗きに出るわけですよ。途中に板が渡してあるもんだから、慌てると着物の裾が引っかかっちゃうんです。よろめいた瞬間、板から転落しそうになって、『この橋は突貫工事なのね』と小言をひとつ、覗く気も失せたようです。頭中将の君は平服姿で、お供を連れていました。あの女の子が『あの人、この人』と、頭中将のお供や、お召しの子供を指さし数えていましたから、それでわかったんでしょう」</p>
<p>とコレミツ。ゲンジの君は、</p>
<p>「ちゃんと車を確認しておけよ」</p>
<p>と言い、「もしかしたら、頭中将が未練いっぱいだった女かも知れない」などと、女たらしの直感が働く。ゲンジの君が、もっと知りたそうな顔で疼いているので、コレミツは、</p>
<p>「実は、私もあの家の女官にちょっかいを出しているのです。とんとん拍子に成功しまして、家の様子も隅々まで見ておきました。女官だけの家だと偽装しているようで、わざわざ口に出して説明する若い女もいるのですが、こっちも惚けて騙されたふりをしてやりました。完全に騙し通したつもりなんでしょうが、子供がうっかり口を滑らせると、慌てて誤魔化す猿芝居です」</p>
<p>と笑っている。</p>
<p>「尼君の見舞いに行く。頼むから覗かせてくれ」</p>
<p>とゲンジの君は正気じゃない。</p>
<p>　仮寝の宿と言っても、あれでは、左馬のカミが言っていた下流階級の女だろう。そんな中から掘り出し物が……。瓢箪から駒が飛び出す予感に、ゲンジの君のスイッチが入った。</p>
<p>　コレミツは、ゲンジの君の要望なら、何でも応える覚悟だ。その上、彼もまた生粋の助平だったので、様々な困難にも臆せず実家と隣邸を奔走した。その結果、半ば強引にゲンジの君を女のもとへと通わせることに成功したのだった。詳細を書くつもりはないので、省略するのだが……。</p>
<p>　女の正体が誰であるか。それはこの際どうでも良い。ゲンジの君も自分の正体を明かさないことにした。必要以上に地味な姿に身をやつし、車には乗らず、歩いて女のもとへはせ参じる。それを見て、殺気さえ感じたコレミツは、自分の馬を差しだして走りまわった。</p>
<p>「愛の狩人たる者が、こんな足取りで歩いているのを見られたら一大事です」</p>
<p>などとコレミツは気が気でないが、隠密一行である。あの夕顔の花を手折った家来と、面の割れていない子供を同行させた。誰にも知れぬよう最善を期すため、コレミツの家をベースキャンプにすることも断念した。</p>
<p>　もちろん女は、この変態一行を不審に思った。気持ちが悪いので、使者が来ると尾行させ、明け方に一行が帰っても尾行させた。「どこの誰か」と探偵まがいのことをしてみるのだが、ゲンジの君は姿をくらませ逃げてしまう。それでもやはり、この女が好きで好きでたまらなく、どうしても逢いたい衝動を抑えられない。「何て馬鹿なことをしているんだろう」とか「軽薄すぎる」と頭では理解はできても、足は自動的に女の家へと向かってしまうのだった。</p>
<p>　火遊びは、真面目な男ほど炎上しやすい。ゲンジの君は不真面目なので、今まで後ろ指を差されるような失態は犯さなかった。しかし今回は別である。朝に別れたばかりでも、昼には発情し、乱れ、迷った。無性に胸が張り裂けるので、「あんな女は、特に気にとめる必要もないよな」と、精一杯、自分を冷却するのだが、冷やせば冷やすほど燃え上がる。女の素直な仕草や、とぼけた様子、不用心で考えが浅いこと、無邪気で子供っぽいのに、男を知らないわけでもないことなどが、次々とちらついて消えない。「たいした身分でないことは間違いないが、私は何でこんなに発情しているだろうか？」と、ゲンジの君は何度も身悶える。</p>
<p>　ゲンジの君は、わざとらしい変装に覆面を着用して夜這った。人が寝静まった夜更けに参上し、夜が明けぬ早朝に退散するので、怪談めいて、さすがに女も気味悪く思った。それでも肌の感触は正直だった。「いったい、誰なの？　やっぱり隣の変態男が手引きしたのかしら？」とコレミツを疑うのだが、本人は知らんぷり。豆鉄砲を喰らった鳩のような顔をして、相変わらず女官の尻ばかり追いかけている。結局、女は、狐につままれたままだ。</p>
<p>　一方、ゲンジの君にも不安が募った。いつまでもこんな無邪気な日が続けばよいが、ここは仮寝の宿である。女が突然、失踪したらどうしよう。どこを目印に探せばいいのやら。いつ何が起こっても不思議ではないのだ。女がどこかへ引っ越してしまう可能性だってある。後を追い、見失うこともあるだろう。それでも諦めきれる一夏の想い出なら、それも良いのだが、やっぱりそうはいかないのだ！　と、ゲンジの君は焦った。人目が気になって、女と逢えない夜が続くと、ゲンジの君は辛抱たまらず発狂した。「いっそうのこと、私の正体を知らせずに、二条院に拉致してしまおう。世間体など気にするものか。面倒なことになったら、その時はその時、そういう運命だったのだ。我ながら、こうまで女に狂うとは、もしかしたら運命の人を見つけたのかも」などと馬鹿なことを考える始末だった。</p>
<p>ゲンジの君が、</p>
<p>「私と一線を越えてみませんか。静かな場所で、あなたとゆっくり話したいのです」</p>
<p>と誘った。女は、</p>
<p>「おっしゃる意味がわからないわ。あなたは変だから気味が悪くて」</p>
<p>と子供じみた返事をする。ゲンジの君は「それもそうだ」と微笑みながら続ける、</p>
<p>「私が狐なら、あなたも狐だ。騙されてごらん」</p>
<p>と。どうやら絶好調のようだ。女も発情して「もうどうなってもいい」と思った。世にも希な、危険な恋がはじまる。一途な女心が、ゲンジの君を捕らえた。ゲンジの君が、愛おしく感じれば感じるほど、「この女が、頭中将の言った夕顔に違いない」という確信に変わる。しかし、隠さなければならないほどの事情があるのだろうと察して、あえて追及はしなかった。</p>
<p>　ゲンジの君は、夕顔のつぶらな瞳を見つめる。突然逃げ隠れするような顔ではない。夜這いが途絶え、放っておいたら、心変わりもするかもしれないが、ヘソを曲げて逐電するような度胸もなさそうなので、自分が浮気しそうで怖くなった。</p>
<p><span id="more-981"></span>（原文）<br />
まことや、かの惟光が預りのかいま見はいとよく案内見取りて申す。</p>
<p>「その人とはさらにえ思ひえはべらず。人にいみじく隠れ忍ぶる気色になむ見えはべるを、つれづれなるままに、南の半蔀ある長屋に渡り来つつ、車の音すれば、若き者どもののぞきなどすべかめるに、この主とおぼしきも這ひ渡る時はべべかめる。容貌なむ、ほのかなれど、いとらうたげにはべる。一日、前駆追ひて渡る車のはべりしを、のぞきて、童べの急ぎて、『右近の君こそ、まづ物見たまヘ。中将殿こそこれより渡りたまひぬれ』と言ヘば、またよろしき大人出で来て、『あなかま』と、手かくものから、『いかでさは知るぞ。いで見む』とて這ひ渡る。打橋だつものを道にてなむ通ひはべる。急ぎ来るものは、衣の裾を物にひきかけて、よろぼひ倒れて、橋よりも落ちぬべければ、『いで、この葛城の神こそ、さがしうしおきたれ』と、むつかりて、物のぞきの心もさめぬめりき。君は御直衣姿にて、御随身どももありし。『なにがし、くれがし』と数ヘしは、頭中将の随身、その小舎人童をなん、しるしに言ひはべりし」</p>
<p>など、聞こゆれば、</p>
<p>「たしかにその車をぞ見まし」</p>
<p>と、のたまひて、もしかのあはれに忘れざりし人にや、と思ほしよるも、いと知らまほしげなる御気色を見て、</p>
<p>「私の懸想もいとよくしおきて、案内も残る所なく見たまヘおきながら、ただ我どちと知らせて、ものなど言ふ若きおもとのはべるを、そらおぼれしてなむ、隠れまかり歩く。いとよく隠したりと思ひて、小さき子どもなどのはべるが、言あやまりしつべきも、言ひ紛らはして、また人なきさまを強ひて作りはべり」</p>
<p>など、語りて笑ふ。</p>
<p>「尼君のとぶらひにものせんついでに、かいま見せさせよ」</p>
<p>と、のたまひけり。</p>
<p>かりにても、宿れる住まひのほどを思ふに、これこそ、かの人の定め侮りし下の品ならめ、その中に思ひの外にをかしき事もあらばなど、思すなりけり。</p>
<p>惟光、いささかのことも御心に違はじと思ふに、おのれも、隈なきすき心にて、いみじくたばかりまどひ歩きつつ、しひておはしまさせそめてけり。このほどの事くだくだしければ、例のもらしつ。</p>
<p>女、さしてその人と尋ね出でたまはねば、我も名のりをしたまはで、いとわりなくやつれたまひつつ、例ならず下り立ち歩きたまふは、おろかに思されぬなるべしと見れぱ、わが馬をば奉りて、御供に走り歩く。</p>
<p>「懸想人のいとものげなき足もとを見つけられてはべらん時、からくもあるべきかな」</p>
<p>などわぶれど、人に知らせたまはぬままに、かの夕顔のしるべせし随身ばかり、さては顔むげに知るまじき童ひとりばかりぞ、率ておはしける。もし思ひ寄る気色もやとて、隣に中宿をだにしたまはず。</p>
<p>女も、いとあやしく心得ぬ心地のみして、御使に人を添ヘ、暁の道をうかがはせ、御ありか見せむと尋ぬれど、そこはかとなくまどはしつつ、さすがにあはれに、見ではえあるまじく、この人の御心に懸りたれば、便なくかろがろしき事と思ほし返しわびつつ、いとしばしばおはします。</p>
<p>かかる筋は、まめ人の乱るるをりもあるを、いとめやすくしづめたまひて、人の咎めきこゆべきふるまひはしたまはざりつるを、あやしきまで、今朝のほど昼間の隔てもおぼつかなくなど、思ひわづらはれたまヘば、かつはいともの狂ほしく、さまで心とどむべき事のさまにもあらずと、いみじく思ひさましたまふに、人のけはひ、いとあさましく柔らかに、おほどきて、もの深く重き方はおくれて、ひたぶるに若びたるものから、世をまだ知らぬにもあらず、いとやむごとなきにはあるまじ、いづくにいとかうしもとまる心ぞと、かヘすがヘす思す。</p>
<p>いとことさらめきて、御装束をもやつれたる狩の御衣を奉り、さまを変ヘ、顔をもほの見せたまはず、夜深きほどに、人をしづめて出で入りなどしたまヘば、昔ありけん物の変化めきて、うたて思ひ嘆かるれど、人の御けはひ、はた手さぐりにもしるきわざなりければ、誰ばかりにかはあらむ、なほこのすき者のしいでつるわざなめりと、大夫を疑ひながら、せめてつれなく知らず顔にて、かけて思ひ寄らぬさまに、たゆまずあざれ歩けば、いかなることにかと心得がたく、女がたもあやしうやう違ひたるもの思ひをなむしける。</p>
<p>君も、かくうらなくたゆめて這ひ隠れなば、いづこをはかりとか我も尋ねん、かりそめの隠れ処とはた見ゆめれば、いづ方にも、いづ方にも、移ろひゆかむ日を何時とも知らじと思すに、追ひまどはして、なのめに思ひなしつべくは、ただかばかりのすさびにても過ぎぬべきことを、さらにさて過ぐしてんと思されず。人目を思して、隔ておきたまふ夜な夜ななどは、いと忍びがたく苦しきまでおぼえたまヘば、なほ誰となくて二条院に迎ヘてん、もし聞こえありて、便なかるべき事なりとも、さるべきにこそは。わが心ながら、いとかく人にしむことはなきをいかなる契りにかはありけんなど、思ほしよる。</p>
<p>「いざ、いと心やすき所にて、のどかに聞こえん」</p>
<p>など、語らひたまへば、</p>
<p>「なほあやしう。かくのたまへど、世づかぬ御もてなしなれば、もの恐ろしくこそあれ」</p>
<p>と、いと若びて言へば、げにとほほ笑まれたまひて、</p>
<p>「いづれか狐なるらんな。ただはかられたまヘかし」</p>
<p>と、なつかしげにのたまヘば、女もいみじくなびきて、さもありぬべく思ひたり。世になくかたはなることなりとも、ひたぶるに従ふ心はいとあはれげなる人、と見たまふに、なほかの頭中将の常夏疑はしく、語りし心ざままづ思ひ出でられたまヘど、忍ぶるやうこそはと、あながちにも問ひ出でたまはず。</p>
<p>気色ばみて、ふと背き隠るべき心ざまなどはなければ、かれがれにと絶えおかむをりこそは、さやうに思ひ変ることもあらめ、心ながらも、少し移ろふことあらむこそあはれなるべけれ、とさヘ思しけり。</p>
<p><!--more-->（註釈）<br />
１　打橋<br />
・板を架けただけの、仮設の橋。</p>
<p>２　葛城の神<br />
・一言主神の伝説にもとづく。葛城山と金峰山との間に、岩の橋を架けようとした歳に、一夜のうちにかけるよう命令されたが、夜か明けても橋は完成しなかった。</p>
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		<item>
		<title>四　ゲンジ、六条御息所を訪問する</title>
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		<pubDate>Sun, 18 Apr 2010 09:38:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator>吾妻利秋</dc:creator>
				<category><![CDATA[04 第四章　夕顔]]></category>
		<category><![CDATA[源氏物語]]></category>
		<category><![CDATA[夕顔帖]]></category>

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		<description><![CDATA[（現代語訳）
　秋になった。ゲンジの君が悪いのに違いないのだが、モヤモヤすることが多く、左大臣の御殿へはご無沙汰だ。左大臣家の方は不満で仕方ない。六条大路近くの人にしても、最初は近寄り難さに熱心なゲンジの君だったが、いざ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>（現代語訳）<br />
　秋になった。ゲンジの君が悪いのに違いないのだが、モヤモヤすることが多く、左大臣の御殿へはご無沙汰だ。左大臣家の方は不満で仕方ない。六条大路近くの人にしても、最初は近寄り難さに熱心なゲンジの君だったが、いざ物にしてしまうと掌を返したようにお座なりなので不憫である。ゲンジの君は、まだ手が届かなかった頃のような貪欲さで恋心を震わすことができないようだ。</p>
<p>　六条御息所は考えすぎる性格だった。「歳の差があるから」とか「世間の噂を警戒しているのか」と思い詰めれば、ますます寂しい独り寝に目がギラギラと冴えて余計なことばかり考えてしまう。</p>
<p>　霧が大地を包んだ朝、ゲンジの君は帰りを急いだ。寝ぼけ眼のままため息ひとつ、部屋を出る。中将という女官が格子扉を一枚開けて「見送ってくださいませ」と言わんばかりに衝立を引き寄せてしまったので、六条御息所は頭を起こして外を眺めた。草木が百花繚乱に咲き乱れ、素通りできなかったゲンジの君が、光を受けて立ち止まっている。渡り廊下の方へと向かうゲンジの君を、中将の女官が案内する。淡い紫の秋めいた衣装に、薄手の腰掛けをギュッと結んだ腰つきが悩ましい。ゲンジの君が振り向く。中将の女官を奥の部屋の欄干に座らせると、その行儀の良さや流れる髪を魅力的だと思った。</p>
<p>　「咲く花へこころ移りは浮気でも折らずにいられぬ今朝のあさがお<br />
　この気持ちをどうしたらいいだろうか？」</p>
<p>とゲンジの君は手を握る。中将の女官は、咄嗟に危険を察知すると馴れたもので、</p>
<p>　朝霧の晴れ間も待たず帰るのは花を見つける心がないから</p>
<p>標的を女主人にすり替えて迎撃したのだった。めかし込んだ美少年が、結んだ袴の裾を濡らしながら草むらを押し分けて朝顔の花を手折ってくる秋の風景は、まるで映画の一コマのようだ。ゲンジの君を少し見ただけの人でさえ、その姿には悩殺されてしまう。調和的情緒の世界を知らない山賊でも、休憩は花の木陰を選ぶ。この光り輝く男を知る者は、それぞれ自分の身の程だけの願いを持っている。可愛くて仕方がない娘を、家政婦に差し出したいと願ったり、人並みの美貌だと思う妹を、下っ端でもゲンジの君の側に仕えさせたいと願うのだった。ゲンジの君と折々に会話を交わしたり、近くで姿を見る女たちは、自分の立場をわきまえているだけで、決して拒んでいるのではない。中将の女官は、「もう少し気を許して、のんびりして欲しい」と、じれったく思っているだけなのだった。</p>
<p><span id="more-937"></span>（原文）<br />
　秋にもなりぬ。人やりならず、心づくしに思し乱るる事どもありて、大殿には、絶え間おきつつ、うらめしくのみ思ひきこえたまへり。六条わたりにも、とけがたかりし御気色を、おもむけきこえたまひて後、ひき返しなのめならんはいとほしかし。されど、よそなりし御心まどひのやうに、あながちなることはなきも、いかなることにかと見えたり。</p>
<p>　女は、いとものをあまりなるまで思ししめたる御心ざまにて、齢のほども似げなく、人の漏り聞かむに、いとどかくつらき御夜離れの寝覚め寝覚め、思ししをるること、いとさまざまなり。</p>
<p>　霧のいと深き朝、いたくそそのかされたまひて、ねぶたげなる気色にうち嘆きつつ出でたまふを、中将のおもと、御格子一間上げて、見たてまつり送りたまヘとおぼしく、御几帳ひきやりたれば、御髪もたげて見出だしたまヘり。前栽の色色乱れたるを、過ぎがてにやすらひたまへるさま、げにたぐひなし。廊の方ヘおはするに、中将の君、御供に参る。紫苑色のをりにあひたる、羅の裳あざやかにひき結ひたる腰つき、たをやかになまめきたり。見返りたまひて、隅の間の高欄に、しばしひき据ゑたまへり。うちとけたらぬもてなし、髪の下り端、めざましくもと見たまふ。</p>
<p>　「咲く花にうつるてふ名はつつめども折らで過ぎうきけさの朝顔<br />
　いかがすべき」</p>
<p>とて、手をとらヘたまヘれば、いと馴れて、とく、</p>
<p>　朝霧の晴れ間も待たぬけしきにて花に心をとめぬとぞ見る</p>
<p>と、公事にぞ聞こえなす。をかしげなる侍童の姿好ましう、ことさらめきたる指貫の裾露けげに、花の中にまじりて、朝顔折りてまゐるほどなど、絵に描かまほしげなり。おほかたにうち見たてまつる人だに、心とめたてまつらぬはなし。ものの情知らぬ山がつも、花の蔭にはなほ休らはまほしきにや、この御光を見たてまつるあたりは、ほどほどにつけて、わがかなしと思ふむすめを仕うまつらせばやと願ひ、もしは口惜しからずと思ふ妹など持たる人は、いやしきにても、なほこの御あたりにさぶらはせんと思ひよらぬはなかりけり。まして、さりぬべきついでの御言の葉も、なつかしき御気色を見たてまつる人の、すこしものの心思ひ知るは、いかがはおろかに思ひきこえん。明け暮れうちとけてしもおはせぬを、心もとなきことに思ふべかめり。</p>
<p><!--more-->（注釈）<br />
１　女<br />
　・六条御息所</p>
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		<title>三　伊予に下る空蝉、心乱れるゲンジ</title>
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		<pubDate>Sat, 10 Apr 2010 15:53:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator>吾妻利秋</dc:creator>
				<category><![CDATA[04 第四章　夕顔]]></category>
		<category><![CDATA[源氏物語]]></category>
		<category><![CDATA[夕顔帖]]></category>

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		<description><![CDATA[（現代語訳）
　ゲンジの君は、あの空蝉の異常なまでの冷たさを、幻のように儚く思っていた。無抵抗な女ならば、「忸怩たる火遊びをしてしまった」と諦めることもできただろう。「このまま引き下がるわけにはいかない」と負け惜しみだが [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>（現代語訳）<br />
　ゲンジの君は、あの空蝉の異常なまでの冷たさを、幻のように儚く思っていた。無抵抗な女ならば、「忸怩たる火遊びをしてしまった」と諦めることもできただろう。「このまま引き下がるわけにはいかない」と負け惜しみだが、空蝉のことばかり考えているのだった。空蝉ごときに心を奪われるゲンジの君ではなかったが、あの雨の夜の話を聞いてからは、女という女、すべてが気になって仕方ないのだから、空蝉のことになると隅々まで愛おしくなった。そんなことも知らずに騙されてる軒端の荻は、無邪気にゲンジの君を待っている。ゲンジの君は「罪なことをした」と反省しなくもないが、空蝉に感づかれて軽蔑されるのではないかと気が気ではない。「先に空蝉の気持ちを確かめたい」などとグズグズしているうちに、なんと伊予のスケが上京したのだった。</p>
<p>　伊予のスケは「いの一番に」と、ゲンジの君へ挨拶に来た。長い船旅が、彼を日焼けさせ、やつれさせたのか、無骨で平凡な男にしか見えない。それでも、生まれが良く人格者のようだ。見た目は年寄りだが、清潔感があり、一般人とは違う雰囲気が漂っていた。伊予のスケが任地の話などをするので、ゲンジの君は、温泉の話でも聞いてみたく思うのだが、良心の呵責から気まずくなって縮こまっていた。疚しいことがありすぎて頭の中を廻転する。こんな真面目な老人と差し向かって罪の意識に苛まれるのは間抜けだが、もう後の祭りだ。「狂気の沙汰だった」と後悔すれば、左馬のカミが忠告したことも身に染みるのだった。すると伊予のスケが気の毒にも思えて、空蝉の非道い仕打ちは恨めしいが、「夫を持つ妻の鏡だった」と目が覚めた気にもなってくる。</p>
<p>　伊予のスケが、娘の軒端の荻を適当な人に嫁がせて、妻の空蝉を伊予に連れて帰るつもりだと聞き、ゲンジの君の心は暴走し、うろたえた。「もう一度逢うことができないか」と弟に相談するのだが、そんなことは愛し合う二人でさえ難しい。まして空蝉の場合は「結ばれない関係だ」と諦めて、今さら醜態を晒さぬように忘れることにしたのだから、無理なのだった。それでも空蝉はゲンジの君の記憶から抹消されてしまうのが哀しく、やるせないようにも思えて、時には手紙の返事に意味深な返歌を詠んだり、義理で書く手紙にも女心を散りばめて謎めいた文章を書いた。思わせぶりな態度の空蝉なので、ゲンジの君は、冷たい女だと知りつつも、忘れられない女の一人に数えてしまうのだった。一方、軒端の荻は、人妻になっても心を許すのが見え見えだったので、どんな噂を聞いても、ゲンジの君は何とも思わなかった。</p>
<p><span id="more-866"></span>（原文）<br />
　さて、かの空蝉のあさましくつれなきを、この世の人には違ひて思すに、おいらかならましかば、心苦しきあやまちにてもやみぬべきを、いとねたく、負けてやみなんを、心にかからぬをりなし。かやうのなみなみまでは思ほしかからざりつるを、ありし雨夜の品定の後、いぶかしく思ほしなる品々あるに、いとど隈なくなりぬる御心なめりかし。うらもなく待ちきこえ顔なる片つ方人を、あはれと思さぬにしもあらねど、つれなくて聞きゐたらむことの恥づかしければ、まづこなたの心見はてて、と思すほどに、伊予介上りぬ。</p>
<p>　まづ急ぎ参れり。舟路のしわざとて、すこし黒みやつれたる旅姿、いとふつつかに心づきなし。されど、人もいやしからぬ筋に、容貌などねびたれどきよげにて、ただならず気色よしづきて、などぞありける。国の物語など申すに、「湯桁はいくつ」と、問はまほしく思せど、あいなくまばゆくて、御心のうちに思し出づることもさまざまなり。ものまめやかなる大人をかく思ふも、げにをこがましく、うしろめたきわざなりや。げにこれぞなのめならぬかたはなべかりけると、馬頭の諌め思し出でて、いとほしきに、つれなき心はねたけれど、人のためはあはれと思しなさる。</p>
<p>　むすめをばさるべき人に預けて、北の方をば率て下りぬべし、と聞きたまふに、ひとかたならず心あわたたしくて、いま一度はえあるまじきことにやと、小君を語らひたまヘど、人の心を合はせたらんことにてだに、軽らかにえしも紛れたまふまじきを、まして似げなきことに思ひて、いまさらに見苦しかるべしと、思ひ離れたり。さすがに、絶えて思ほし忘れなんことも、いと言ふかひなくうかるべきことに思ひて、さるべきをりをりの御答ヘなどなつかしく聞こえつつ、なげの筆づかひにつけたる言の葉、あやしくらうたげに目とまるべきふし加ヘなどして、あはれと思しぬべき人のけはひなれば、つれなくねたきものの、忘れがたきに思す。いま一方は主強くなるとも、変らずうちとけぬべく見えしさまなるを頼みて、とかく聞きたまヘど、御心も動かずぞありける。</p>
<p><!--more-->（注釈）<br />
１　湯桁はいくつ<br />
　・「伊予の国はどうですか？」という意味で浴槽の数を聞いているのではない。</p>
<p>２　むすめ<br />
　・軒端の荻のこと</p>
<p>３　北の方<br />
　・空蝉のこと</p>
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		<title>二　コレミツ、お隣を調べる</title>
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		<pubDate>Sun, 04 Apr 2010 07:32:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator>吾妻利秋</dc:creator>
				<category><![CDATA[04 第四章　夕顔]]></category>
		<category><![CDATA[源氏物語]]></category>
		<category><![CDATA[夕顔帖]]></category>

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		<description><![CDATA[（現代語訳）
　「閑職の地方役人の家だそうです。主人は地方へ単身赴任しているようで、若い遊び好きな妻がいるみたいですね。その姉妹たちが後宮に仕えているので出入りしているのだと言ってました。留守番の男でしたので、込み入った [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>（現代語訳）<br />
　「閑職の地方役人の家だそうです。主人は地方へ単身赴任しているようで、若い遊び好きな妻がいるみたいですね。その姉妹たちが後宮に仕えているので出入りしているのだと言ってました。留守番の男でしたので、込み入ったことは知らないらしいのですが……」</p>
<p>とコレミツが報告する。ゲンジの君は「そうか。その女官たちだな。いい気になって馴れ馴れしい歌を」と、下流家庭の女だとは思うのだが、自分を光るゲンジと知ってちょっかいを出してきたと思えば、もう放っておけないのだった。これが女たらしというものなのである。懐からチリ紙を取り出して、別人の筆跡を装って書き付ける。</p>
<p>　近くならそうともわかる黄昏にふやけて見える夕顔の花</p>
<p>と夕顔を手折らせた家来に持たせて渡した。まだ見たこともないゲンジの君だが、間違いなくそうだと思った姿を凝視して詠んだ歌に、何の返事もないまま時間だけが過ぎていったので、女はバツが悪い思いをしていたのだ。そんなときにわざとらしい返歌が届いたので、「どんな返事をしたら良いかしら」と調子に乗って相談するのだが、家来の方は「行儀の悪い女たちだ」と無視して帰ってしまう。</p>
<p>　前を行く灯りがうっすらと、ゲンジの君は消えるように出発した。西隣の家の跳ね上げられた扉は閉じられて、隙間から漏れる光が瀕死の螢のように儚い。</p>
<p>　目指す六条の家は植えた木や庭の様子が輝いていて、一般人の住宅とは違違う雰囲気を放っている。落ち着いた閑静な屋敷だ。何となく緊張してしまう微妙な空間なので、ゲンジの君は夕顔の咲く家を思い出すわけもなかった。早朝、少し遅く目ざめると、ゲンジの君は日の出と一緒に帰った。その姿を見れば、人々が絶賛するのも仕方ないほど光り輝いている。</p>
<p>　この日も、ゲンジの君は夕顔が咲く跳ね上げ扉の家の前を通った。いつも通った路だけど、あの歌の一件があってから、「どんな女が住んでいるのだろうか？」と、通り過ぎる度にちらついて離れない。</p>
<p>　数日後、コレミツがやって来た。</p>
<p>　「病人がなかなか快復しないものでして、看病につきっきりになってしまって」</p>
<p>と言い訳してから、近寄って、</p>
<p>　「調査を仰せつかってから、隣のことを知っている者を呼び出して尋問したのですが、詳しいことは言わないので……。どうやら、五月頃から潜伏している人がいます。その正体は私の家の者にもわからないように隠蔽さているようです。随時、私の家を仕切っている垣根の間から覗いているのですが、若い女たちの影がしきりに見えます。前掛けのようなものを付けているので、きっと女主人がいるに違いありません。昨日の西日がたれ込む時間には、座って手紙を書く女の顔が美しく映っていました。考え事をしているようで、周りにいる女たちの中には泣いている者もいました」</p>
<p>と報告した。ゲンジの君は笑みを浮かべる。スケベ心に火が付いたようだ。コレミツは、そんな主人を見て思った。「女性関係に用心しなくてはならない身分の人ではあるが、この若さと、女たちを発情させる美貌では、何もしないのも忍びない。女たらしでも致し方ないな」と。まして、女の方で見向きもしないような男でも、好きになったら仕方ない。当たって砕けろだ。</p>
<p>　「少しでも情報を仕入れようと思いまして、タイミングを見計らって手紙を出してみたんです。すると手慣れた筆跡で返事が来ました。恋多い若き乙女がいるようですよ」</p>
<p>と、コレミツが言うと、</p>
<p>　「もっと攻めろ。このまま何も知らないのはさみしいからね」</p>
<p>とゲンジ君があおる。「雨の夜に話した、下流家庭の下の女だと笑われそうだが、こんな中から思いがけず上玉を掘り起こしたら素敵だね」と、ゲンジの君は思うのだった。</p>
<p><span id="more-852"></span>（原文）<br />
　「揚名介なる人の家になんはべりける。男は田舎にまかりて、妻なん若く事好みて、はらからなど宮仕人にて来通ふ、と申す。くはしきことは、下人のえ知りはべらぬにやあらむ」</p>
<p>と、聞こゆ。さらば、その宮仕人ななり。したり顔にもの馴れて言へるかなと、めざましかるべき際にやあらんと、思せど、さして聞こえかかれる心の憎からず、過ぐしがたきぞ、例の、この方には重からぬ御心なめるかし。御畳紙に、いたうあらぬさまに書きかヘたまひて、</p>
<p>　寄りてこそそれかとも見めたそかれにほのぼの見つる花の夕顔</p>
<p>ありつる御随身して遣はす。まだ見ぬ御さまなりけれど、いとしるく思ひあてられたまヘる御側目を見すぐさでさしおどろかしけるを、答ヘたまはでほど経ければ、なまはしたなきに、かくわざとめかしければ、あまえて、「いかに聞こえむ」など、言ひしろふべかめれど、めざましと思ひて、随身は参りぬ。</p>
<p>　御前駆の松明ほのかにて、いと忍びて出でたまふ。半蔀は下してけり。隙々より見ゆる灯の光、螢よりけにほのかにあはれなり。</p>
<p>　御心ざしの所には、木立前栽など、なべての所に似ず、いとのどかに心にくく住みなしたまヘり。うちとけぬ御ありさまなどの、気色ことなるに、ありつる垣根思ほし出でらるべくもあらずかし。つとめて、すこし寝過ぐしたまひて、日さし出づるほどに出でたまふ。朝明の姿は、げに人のめできこえんもことわりなる御さまなりけり。</p>
<p>　今日もこの蔀の前渡りしたまふ。来し方も過ぎたまひけんわたりなれど、ただはかなき一ふしに御心とまりて、いかなる人の住み処ならんとは、往き来に御目とまりたまひけり。</p>
<p>　惟光、日ごろありて参れり。</p>
<p>　「わづらひはべる人、なほ弱げにはべれば、とかく見たまヘあつかひてなむ」</p>
<p>など聞こえて、近く参り寄りて聞こゆ。</p>
<p>　「仰せられし後なん、隣のこと知りてはべる者呼びて、問はせはべりしかど、はかばかしくも申しはべらず。いと忍びて、五月のころほひよりものしたまふ人なんあるべけれど、その人とは、さらに家の内の人にだに知らせず、となん申す。時々中垣のかいま見しはべるに、げに若き女どもの透影見えはべり。褶だつものかごとばかりひきかけて、かしづく人はべるなめり。昨日、タ日のなごりなくさし入りてはべりしに、文書くとてゐてはべりし人の顔こそ、いとよくはべりしか。もの思ヘるけはひして、ある人々も忍びてうち泣くさまなどなむ、しるく見えはべる」</p>
<p>と、聞こゆ。君うち笑みたまひて、知らばや、と思ほしたり。おぼえこそ重かるべき御身のほどなれど、御齢のほど、人のなびきめできこえたるさまなど思ふには、すきたまはざらんも情なく、さうざうしかるべしかし。人の承け引かぬほどにてだに、なほ、さりぬべきあたりのことは、好ましうおぼゆるものを、と思ひをり。</p>
<p>　「もし見たまへ得ることもやはべると、はかなきついで作り出でて、消息など遣はしたりき。書きなれたる手して、口とく返りごとなどしはべりき。いと口惜しうはあらぬ若人どもなんはべるめる」</p>
<p>と、聞こゆれば、</p>
<p>　「なほ言ひよれ。尋ねよらではさうざうしかりなん」</p>
<p>と、のたまふ。かの下が下と人の思ひ捨てし住まひなれど、その中にも、思ひのほかに口惜しからぬを見つけたらばと、めづらしく思ほすなりけり。</p>
<p><!--more-->（注釈）<br />
１　揚名介<br />
　・国司だけにある、有名無実職で、官位だけあり役務や報酬がない。</p>
<p>２　螢より<br />
　・夕されば螢よりけに燃ゆれども光見ねばや人のつれなき</p>
<p>３　褶<br />
　・【しびら】衣服の上から腰に巻く簡単な布。裳の代わりにする。下級の女房が身につけた。</p>
]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>一　ゲンジ、病気の乳母を見舞う。夕顔との出会い</title>
		<link>http://genji-m.com/?p=802</link>
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		<pubDate>Sun, 28 Mar 2010 11:07:38 +0000</pubDate>
		<dc:creator>吾妻利秋</dc:creator>
				<category><![CDATA[04 第四章　夕顔]]></category>
		<category><![CDATA[源氏物語]]></category>
		<category><![CDATA[夕顔帖]]></category>

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		<description><![CDATA[（現代語訳）
　ゲンジの君が六条大路近くの恋人と密会を繰り返していた頃の話である。大弐のメノトが重病で尼になったと聞いたので、後宮から六条への行き掛けに見舞おうと五条を訪ねた。車を入れる門が閉まっているので、家来に命じて [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>（現代語訳）<br />
　ゲンジの君が六条大路近くの恋人と密会を繰り返していた頃の話である。大弐のメノトが重病で尼になったと聞いたので、後宮から六条への行き掛けに見舞おうと五条を訪ねた。車を入れる門が閉まっているので、家来に命じて大弐のメノトの息子であるコレミツを呼び出す。待っているあいだ周囲を見渡せば、ゴチャゴチャとせせこましい大路の景観である。コレミツの家の隣には、新しい檜の垣根が立っていた。上の扉を四、五枚跳ね上げて、清潔な白い簾が掛けられている。女盛りに見えるおでこが何個かちらついていて、ゲンジの君を覗いているようだ。家の中を行ったり来たりしている女たちの首から下が見えない。ゲンジの君が想像で胴体を付けてみると、やたらと背の高い女たちが出来上がるのだった。「どういう女たちだろうか？」と、謎が深まる。ゲンジの君は、「乗ってきた車も潜伏用だし、人払いもしなかったから、自分の素性は誰にもわからないだろう」と、躊躇せずに覗いてみるのだった。</p>
<p>　門扉も跳ね上げられて吊してある。覗くまでもなく狭い家で、地味な暮らしをしているようだ。ゲンジの君は「流れ流れて仮寝の宿」という歌を思い出し、「飾り散らした後宮だって同じようなものだ」と思った。板壁の隙間から、蔓草が青々と力一杯に絡まり、白い花が上機嫌で笑っている。ゲンジの君が「あそこに咲く白い花は何の花」と鼻歌交じりでいると、家来がひざまずき、</p>
<p>　「あの白く咲いている花は夕顔です。名前だけは女を連想させるのですが、こんな場末の垣根に咲く花です」</p>
<p>と伝える。見渡せば、確かに小さな家が、あちこちにある。倒壊寸前の家の軒端にも、白い花が絡みついて咲いている。</p>
<p>　「悲惨な巡りあわせの花だな。一つ折って来てくれ」</p>
<p>とゲンジの君が言うので、家来は跳ね上げてある門の中へ入って手折った。出入り口は上品な造りのようだ。黄色の薄い袴を長めに着ている小さな女の子が出てきて手招きをしている。たっぷりと香を焚き、いっぱいに染みこませた白い扇を差し出して、</p>
<p>　「この上に置いてください。枝も汚い花だから」</p>
<p>と渡す。ちょうどコレミツ臣出が門を開けて出てきたので、それを受け取って、ゲンジの君に差し出した。</p>
<p>　「鍵を落とし忘れたままで大変失礼しました。世間の道理も解せぬ者が住む界隈ですが、小汚い大路に立ち往生させてしまって」</p>
<p>と詫びを入れる。車を門に引き入れて、ゲンジの君が下車する。コレミツの兄のアジャリ、娘婿の三河のカミ、娘などが集まっていて、こんな家にゲンジの君が見舞ってくれることを、「もったいない」と痛みいっている。尼になった大弐のメノトも起き上がり、</p>
<p>　「もう死んでも構わないのですが、世を捨てずに躊躇っていたのは、こうしてあなたに会えなくなってしまうのではないかと寂しかったの。神様の思し召しかしら、まだ死なずに、こうやってお見舞いに来てくれた、あなたが目の前にいます。あとは阿弥陀仏様のお迎えを安らかに待つだけね」</p>
<p>と言って、めそめそしている。</p>
<p>　「ずっと体調が悪いと聞いていて心配していましたが、こうやって尼になってしまったなんて。痛ましく寂しいじゃないですか。長生きして、私が花道を駆け上がるのを見ていてください。そうすれば、最上級の仏の弟子にも生まれ変わることができますよ。浮き世に未練を残して死ぬのは悪いことです」</p>
<p>とゲンジの君も貰い泣きするのであった。乳母というのは、たとえドラ息子でも、親馬鹿から「良くできた子だ」と勘違いしがちだが、大弐のメノトの場合、夢のような子供を育てたことが奇蹟に思われて、自分までもが特別な人間になったような気がするのだった。有り余る幸運が身に染みて、わんわんと泣きじゃくる。</p>
<p>　息子たちは、目のやり場に困り、</p>
<p>　「世を捨てた人が、泣き顔を見せるような真似を」</p>
<p>と互いにつつき合い、目配せしている。ゲンジの君は、とても不憫で、</p>
<p>　「私が小さな頃に、母や祖母が亡くなったので、いろんな人が可愛がってくれたようだけど、本当の親だと思ったのは、あなただけです。大人の社会はややこしいから、毎日会うことができなくて、自由には遊びに来られませんでした。でも、長く会わないでいると寂しくなるのだから、『死に別れが無くなればよい』という歌の意味もわかるんです」</p>
<p>と真心を込めて話す。ゲンジの君が涙をぬぐう袖から芳香が放たれて、部屋いっぱいに充満するから、息子たちは「この方の世話をした母さんは、奇跡の人だったんだ」と、母親の涙を見苦しいと思ったことさえ棚に上げて、みんなで目頭を押さえた。</p>
<p>　ゲンジの君が「病の祈祷を再開するように」と告げた帰り際、コレミツに蝋燭を持って来させた。さっきの白い扇を見てみると、使い込んだ持ち主の残り香が優しく染み付いている。綺麗な筆跡で、</p>
<p>　夕顔の水滴白く輝くの　光る君だと胸騒ぎする</p>
<p>と他愛もなく書かれているのだが、筆跡が凛としている。不意打ちを喰らったゲンジの君の、女たらしの血が騒ぐ。コレミツに、</p>
<p>　「お前の家の西隣に住んでいるのは何者かい？　何か聞いていないか」</p>
<p>と尋問した。コレミツは「いつもの悪い癖が出た」と思うのだが、そのまま口にできるわけもなく、</p>
<p>　「ここ五、六日、この家にいますが、母の看病でバタバタしていて、隣を気にする余裕がなくて」</p>
<p>と事務的に処理するのだった。ゲンジの君は、</p>
<p>　「さては、私の言うことが気に入らないんだな。でも、この扇を見てしまったら仕方ないだろ。この近所のことをよく知っている人に聞いてみてくれよ」</p>
<p>と尻を叩く。「やれやれ」と、コレミツは隣の家に入って留守番の男を呼び出し、聞くしかなかった。</p>
<p><span id="more-802"></span>（原文）<br />
　六条わたりの御忍び歩きのころ、内裏よりまかでたまふ中宿に、大弐の乳母のいたくわづらひて、尼になりにけるとぶらはむとて、五条なる家たづねておはしたり。御車入るべき門は鎖したりければ、人して惟光召させて、待たせたまひけるほど、むつかしげなる大路のさまを見わたしたまへるに、この家のかたはらに、檜垣といふもの新しうして、上は半蔀四五間ばかり上げわたして、簾などもいと白う涼しげなるに、をかしき額つきの透影あまた見えてのぞく。立ちさまよふらむ下つ方思ひやるに、あながちに丈高き心地ぞする。いかなる者の集ヘるならむと、やう変りて思さる。御車もいたくやつしたまへり、前駆も追はせたまはず、誰とか知らむと、うちとけたまひて、すこしさしのぞきたまヘれば、門は蔀のやうなる押し上げたる、見入れのほどなくものはかなき住まひを、あはれに、いづこかさしてと思ほしなせば、玉の台も同じことなり。切懸だつ物に、いと青やかなる葛の心地よげに這ひかかれるに、白き花ぞ、おのれひとり笑みの眉ひらけたる。「をちかた人にもの申す」と、ひとりごちたまふを、御随身ついゐて、</p>
<p>　「かの白く咲けるをなむ、タ顔と申しはべる。花の名は人めきて、かうあやしき垣根になん咲きはべりける」</p>
<p>と、申す。げにいと小家がちに、むつかしげなるわたりの、この面かの面あやしくうちよろぼひて、むねむねしからぬ軒のつまなどに這ひまつはれたるを、</p>
<p>　「口惜しの花の契りや、一房折りてまゐれ」</p>
<p>と、のたまヘば、この押し上げたる門に入りて折る。さすがにされたる遣り戸口に、黄なる生絹の単袴長く着なしたる童のをかしげなる、出で来てうち招く。白き扇のいたうこがしたるを、</p>
<p>　「これに置きてまゐらせよ、枝も情なげなめる花を」</p>
<p>とて、取らせたれば、門開けて惟光朝臣出で来たるして奉らす。</p>
<p>　「鍵を置きまどはしはべりて、いと不便なるわざなりや。もののあやめ見たまヘ分くべき人もはべらぬわたりなれど、らうがはしき大路に立ちおはしまして」</p>
<p>と、かしこまり申す。引き入れて下りたまふ。惟光が兄の阿闍梨、婿の三河守、むすめなど渡りつどひたるほどに、かくおはしましたるよろこびをまたなきことに、かしこまる。尼君も起き上りて、</p>
<p>　「惜しげなき身なれど、棄てがたく思うたまへつることは、ただかく御前にさぶらひ御覧ぜらるることの変りはべりなんことを、口惜しく思ひたまヘたゆたひしかど、戒のしるしによみがヘりてなん、かく渡りおはしますを、見たまヘはべりぬれば、今なむ阿弥陀仏の御光も、心清く待たれはべるべき」</p>
<p>など聞こえて、弱げに泣く。</p>
<p>　「日ごろおこたりがたくものせらるるを、やすからず嘆きわたりつるに、かく世を離るるさまにものしたまヘば、いとあはれに口惜しうなん。命長くて、なほ位高くなど見なしたまヘ。さてこそ九品の上にも障りなく生まれたまはめ。この世にすこし恨み残るはわろきわざとなむ聞く」</p>
<p>など、涙ぐみてのたまふ。かたほなるをだに、乳母やうの思ふべき人はあさましうまほに見なすものを、ましていと面だたしう、なづさひ仕うまつりけん身もいたはしう、かたじけなく思ほゆべかめれば、すずろに涙がちなり。</p>
<p>　子どもは、いと見苦しと思ひて、</p>
<p>　「背きぬる世の去りがたきやうに、みづからひそみ御覧ぜられたまふ」</p>
<p>と、つきしろひ、目くはす。君はいとあはれと思ほして、</p>
<p>　「いはけなかりけるほどに、思ふべき人々の、うち捨ててものしたまひにけるなごり、はぐくむ人あまたあるやうなりしかど、親しく思ひむつぶる筋は、またなくなん思ほえし。人となりて後は、限りあれば、朝夕にしもえ見たてまつらず、心のままにとぶらひ参うづることはなけれど、なほ久しう対面せぬ時は心細くおぼゆるを、さらぬ別れはなくもがなとなん」</p>
<p>などこまやかに語らひたまひて、おし拭ひたまヘる袖の匂ひも、いとところせきまで薫り満ちたるに、げによに思ヘば、おしなべたらぬ人の御宿世ぞかしと、尼君をもどかしと見つる子どもみなうちしほたれけり。</p>
<p>　修法など、またまたはじむべきことなど、おきてのたまはせて、出でたまふとて、惟光に紙燭召して、ありつる扇御覧ずれば、もて馴らしたる移り香、いとしみ深うなつかしくて、をかしうすさみ書きたり。</p>
<p>　心あてにそれかとぞ見る白露の光そヘたる夕顔の花</p>
<p>そこはかとなく書きまぎらはしたるも、あてはかにゆゑづきたれば、いと思ひのほかにをかしうおぼえたまふ。惟光に、</p>
<p>　「この西なる家は何人の住むぞ、問ひ聞きたりや」</p>
<p>とのたまヘば、例のうるさき御心とは思へどもえさは申さで、</p>
<p>　「この五六日ここにはべれど、病者のことを思うたまヘあつかひはべるほどに、隣のことはえ聞きはべらず」</p>
<p>など、はしたなやかに聞こゆれば、</p>
<p>　「憎しとこそ思ひたれな。されど、この扇の尋ぬべきゆゑありて見ゆるを、なほこのわたりの心知れらん者を召して問ヘ」</p>
<p>とのたまヘば、入りて、この宿守なる男を呼びて、問ひ聞く。</p>
<p><!--more-->（注釈）<br />
１　六条<br />
　・六条大路の南には、皇室や貴族達の別荘が建てられてあった。そこに六条御息所の邸宅があり、源氏が通っていた。</p>
<p>２　尼になりにける<br />
　・重病にあたって出家することにより仏の加護を求めた。</p>
<p>３　五条<br />
　・五条大路のあたりは、下町で小さな家が密集していた。そこで源氏は夕顔と出会う。</p>
<p>４　いづこかさして<br />
　・古今集　詠み人知らず　「世の中はいづれかさしてわがならむ行きとまるをぞ宿と定むる」</p>
<p>５　半蔀<br />
　・【はじとみ】扉のひとつ。下の部分が格子状の壁になっていて、上半分が、外側に釣り上げられる仕組みになっている。廂の役割にもなる。</p>
<p>６　をちかた人にもの申す<br />
　・古今集旋頭歌　「打ち渡す遠方人に物申すわれそのそこに白く咲けるは何の花ぞも」</p>
<p>７　御随身<br />
　・近衛の役人。弓矢、太刀を装備して警備のお供をする。源氏は中将のため四人の近衛兵を連れるが、今回は忍び歩きなので一人だけを伴っている。</p>
<p>８　九品の上<br />
　・極楽浄土には、上・中・下の三つの品があり、それぞれにまた、生まれによって、上・中・下の三つがある。この九階級を九品という。一番上の品というのは上品上生のことで、最上の階級である。</p>
<p>９　さらぬ別れはなく<br />
　・古今集　伊勢物語　在原業平　「世の中にさらぬ別れのなくもがな千代もと祈る人の子のため」</p>
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		<item>
		<title>夕顔の帖　（系図と登場人物の年齢）</title>
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		<pubDate>Sun, 21 Mar 2010 11:17:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator>吾妻利秋</dc:creator>
				<category><![CDATA[04 第四章　夕顔]]></category>
		<category><![CDATA[源氏物語]]></category>
		<category><![CDATA[系図]]></category>
		<category><![CDATA[夕顔帖]]></category>

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		<description><![CDATA[｜ＹＵＨＧＡ０
主人公、ゲンジ十七歳の夏から十月までのことである。
　六条御息所　……　二十四歳
　夕顔　　　　……　十九歳
　葵上　　　　……　二十一歳
 
これまでのあらすじ
　ミカドから寵愛をうけた桐壺更衣だが、玉 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div id="attachment_786" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><img src="http://genji-m.com/wp-content/uploads/2010/03/yuhgao.gif" alt="夕顔の巻　登場人物関係図" title="yuhgao" width="500" height="479" class="size-full wp-image-786" /><p class="wp-caption-text">夕顔の巻　登場人物関係図</p></div>
<p><strong>｜ＹＵＨＧＡ０</strong></p>
<p>主人公、ゲンジ十七歳の夏から十月までのことである。</p>
<p>　六条御息所　……　二十四歳<br />
　夕顔　　　　……　十九歳<br />
　葵上　　　　……　二十一歳</p>
<p> <br />
<strong>これまでのあらすじ</strong></p>
<p>　ミカドから寵愛をうけた桐壺更衣だが、玉のように清らかな御子を出産すると、いじめの心労からか逝去してしまう。この御子が主人公のゲンジである。彼は、この世の人間とは思えぬ美貌の持ち主なだけでなく、学問、音楽においても類い希なる才能の片鱗を顕した。そして、ゲンジはミカドの後妻、藤壺女御に亡き母への思いを寄せてしまう。宮私生児同然のゲンジだが、その美貌と才能を武器に後宮を騒がせる貴公子となった。</p>
<p>　物忌みの続くある日、ゲンジの部屋へとやって来た貴公子達は、恋愛談義に花を咲かせる。これが世に言う「雨夜の品定め」である。頭中将、左馬のカミ、藤シキブの丞の体験談を聞き、ゲンジは中流階級の姫君に興味を持った。</p>
<p>　翌日、ゲンジは方位除けに訪れた紀伊のカミの家で、地方官の伊予のスケの後妻である空蝉と関係を持ってしまう。空蝉はゲンジに憧れはすれども、これ以上関わってはいけないと悩むのだっが、ゲンジは懲りず奇襲に打って出る。ゲンジが空蝉の弟の手引きで、部屋の中を覗くと、空蝉が男好きのする軒端の荻を相手に碁を打っていた。ゲンジは、その夜、二度目の奇襲をかける。それに気がついた空蝉は、小袿を残して逃亡した。なぜかゲンジは、そのまま軒端の荻と過ちを犯してしまうのだが、やはり空蝉が忘れられない。空蝉もゲンジの情熱を思って煩悶し、自らの運命をなぞって、思い出した和歌を書きなぞる。</p>
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		<item>
		<title>五　ゲンジの手紙に煩悶する空蝉</title>
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		<pubDate>Sun, 21 Mar 2010 10:30:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator>吾妻利秋</dc:creator>
				<category><![CDATA[03 第三章　空蝉]]></category>
		<category><![CDATA[源氏物語]]></category>
		<category><![CDATA[空蝉帖]]></category>

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		<description><![CDATA[（現代語訳）
　ゲンジの君は、弟を車の後ろへ乗せて二条院に帰った。昨夜の顛末を物語って、「お前は子供だ」と口を酸っぱくする。空蝉の仕打ちを爪弾きにして、恨み節だ。弟はやりきれず、黙り込むしかなかった。
　「こんなに嫌われ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>（現代語訳）<br />
　ゲンジの君は、弟を車の後ろへ乗せて二条院に帰った。昨夜の顛末を物語って、「お前は子供だ」と口を酸っぱくする。空蝉の仕打ちを爪弾きにして、恨み節だ。弟はやりきれず、黙り込むしかなかった。</p>
<p>　「こんなに嫌われているんだから、自分が嫌になるよ。逢いたくないんだったら、返事だけでもしてくれればいいのに。私は伊予のスケにも劣る甲斐性無しなんだ」</p>
<p>とゲンジの君は、ご機嫌斜めだ。空蝉が脱ぎ捨てた着物を抱きしめて不貞寝してしまう。弟を隣に寝かせて、相変わらずブツブツと恨み節が終わらない。</p>
<p>　「お前のことは好きだけど、私を足蹴にする人の弟だから、いつまでも面倒をみるわけにはいかないよ」</p>
<p>などと、真顔のゲンジの君に言われると、弟は目の前が真っ白になるのだった。ゲンジの君はしばらく突っ伏していたけど、眠れるはずもなかった。いそいそと硯を取り出して、書くまでもない手紙の代わりに、懐からチリ紙を取り出して、落書きのように一首したためる。</p>
<p>　抜け殻を残して消えた蝉なのに　忘れられないきみの人柄</p>
<p>と空蝉の着物を握りしめて書きつけた。弟は、そのチリ紙を懐にしまった。ゲンジの君は、軒端の荻にも手紙を贈ろうかと迷ったが、よくよく考えて用心のためにやめることにした。この薄い着物は、小袿という上着だ。空蝉の残り香が染みついているので、ゲンジの君は手元に置いて、哀愁たっぷりに見つめている。</p>
<p>　弟が家へ帰ると姉が待ち構えていて、きついお灸を据えるのだった。</p>
<p>　「昨日は何があったかわかっているの？　何とか逃げ切ったけど、誰かが見ていて変なことを想像したらどうするのよ。馬鹿なことばかりしているあんたを、あの方はどう思っているのかしら」</p>
<p>と容赦ない。弟は、どう転んでも文句を言われる不条理さに泣きたくなるのだが、じっと堪えてチリ紙を渡す。これだけは強情な空蝉でも読まずにはいられない。「私の抜け殻を持って帰ってしまったのね。漁師が捨てた着物のように萎れていたらどうしよう」などと胸騒ぎがした。身悶えがやまない空蝉だった。</p>
<p>　軒端の荻も、羞恥心いっぱいで西の部屋に帰った。誰も知らない密会だったから、一人で自分の世界に浸っていた。弟が家の中を行ったり来たりすると、胸が「きゅんきゅん」とするのだけど、いっこうに手紙は届かない。これが、女たらしのやり方だとは知る由もなかったが、細かいことを気にしない性格なのか、ぼんやりとした満たされなさを抱くだけだった。</p>
<p>　空蝉は精一杯に強情でいようとするのだが、ゲンジの君の滅茶苦茶なまでの愛情を思えば、ただ、「夫のいない昔の私だったら」と思うのだった。過ぎた時間を取り戻すことはできない。未来に流される運命が切なくて仕方ないので、チリ紙の端っこに、今の自分に相応しい歌を思い出して書いた。</p>
<p>　光り出す涙の露が隠されて　木の葉の下にはセミのヌケガラ</p>
<p><span id="more-746"></span>（原文）<br />
　小君、御車のしりにて、二条院におはしましぬ。ありさまのたまひて、「幼かりけり」とあはめたまひて、かの人の心をつまはじきをしつつ、恨みたまふ。いとほしうてものもえ聞こえず、</p>
<p>　「いと深う憎みたまふべかめれば、身もうく思ひはてぬ。などかよそにても、なつかしき答ヘばかりはしたまふまじき。伊予介に劣りける身こそ」</p>
<p>など、心づきなしと思ひてのたまふ。ありつる小袿を、さすがに御衣の下にひき入れて、大殿籠れり。小君を御前に臥せて、よろづに怨み、かつは語らひたまふ。</p>
<p>　「あこはらうたけれど、つらきゆかりにこそ、え思ひはつまじけれ」</p>
<p>と、まめやかにのたまふを、いとわびしと思ひたり。しばしうち休みたまヘど、寝られたまはず。御硯いそぎ召して、さしはヘたる御文にはあらで、畳紙に手習のやうに書きすさびたまふ。</p>
<p>　空蝉の身をかへてける木のもとになほ人がらのなつかしきかな</p>
<p>と書きたまヘるを、懐にひき入れて持たり。かの人もいかに思ふらんといとほしけれど、かたがた思ほしかへして、御ことつけもなし。かの薄衣は小袿のいとなつかしき人香に染めるを、身近く馴らして見ゐたまヘり。</p>
<p>　小君、かしこにいきたれば、姉君待ちつけていみじくのたまふ。</p>
<p>　「あさましかりしに、とかう紛らはしても、人の思ひけむこと避りどころなきに、いとなむわりなき。いとかう心幼きを、かつはいかに思ほすらん」</p>
<p>とて、恥づかしめたまふ。左右に苦しう思ヘど、かの御手習取り出でたり。さすがに取りて見たまふ。かのもぬけを、いかに伊勢をのあまのしほなれてやなど、思ふもただならず、いとよろづに思ひ乱れたり。</p>
<p>　西の君も、もの恥づかしき心地して、渡りたまひにけり。また知る人もなきことなれば、人知れずうちながめてゐたり。小君の渡り歩くにつけても胸のみふたがれど、御消息もなし。あさましと思ひ得る方もなくて、ざれたる心にものあはれなるべし。</p>
<p>　つれなき人もさこそしづむれど、いとあさはかにもあらぬ御気色を、ありしながらのわが身ならばと、取り返すものならねど、忍びがたければ、この御畳紙の片つ方に、</p>
<p>　空蝉の羽におく露の木がくれてしのびしのびにぬるる袖かな</p>
<p><!--more-->（注釈）</p>
<p>１　伊勢をのあまのしほなれてや<br />
　・（後撰和歌集、恋三、伊尹）鈴鹿山伊勢をの海士の捨て衣しほなれたりと人や見るらん」</p>
<p>２　畳紙<br />
　・懐紙のこと。ちり紙や、メモに使うために懐に忍ばせた紙。</p>
<p>３　空蝉の羽におく露の木がくれてしのびしのびにぬるる袖かな<br />
　・『伊勢集』にある伊勢の歌で、それを空蝉が思い出して紙に書いた。</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>四　ゲンジ、夜明けの退散</title>
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		<pubDate>Sun, 21 Mar 2010 08:10:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>吾妻利秋</dc:creator>
				<category><![CDATA[03 第三章　空蝉]]></category>
		<category><![CDATA[源氏物語]]></category>
		<category><![CDATA[空蝉帖]]></category>

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		<description><![CDATA[（現代語訳）
　ゲンジの君は、近くに寝ている弟を揺り起こす。弟は、はらはらしながら寝ていたので、すぐに起き上がった。戸をそっと押し開けると、年寄った女官の声がして、「あら、どなた？」と大声を張り上げたのだった。弟は「うる [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>（現代語訳）<br />
　ゲンジの君は、近くに寝ている弟を揺り起こす。弟は、はらはらしながら寝ていたので、すぐに起き上がった。戸をそっと押し開けると、年寄った女官の声がして、「あら、どなた？」と大声を張り上げたのだった。弟は「うるせえな」と思いつつ、「僕だよ」と黙らせる。それでも、「こんな夜更けに、どこへ行くんですか」と説教じみてきた。来なくても良いのに、わざわざ近寄ってくるので腹が立つ。弟は「何でもないよ。外の空気を吸っているだけ」と言いながら、ゲンジの君の背中を押して隠す。月が辺り一面を照らす夜明けだから、ゲンジの君の影が、すうっと浮かび上がった。老女は「もう一人は誰です」と問い詰める。弟が返事に窮していると、</p>
<p>　「ああ、民部さんなのね。背の高い人だからすぐにわかったわ」</p>
<p>と一人で納得している。長身のいつもからかわれている女官の名前である。老女は弟が民部を連れているのだと勘違いしているようだ。「すぐに、坊ちゃまも同じぐらいの背丈になりますよ」などと、戸口から出てくるのだった。ゲンジの君は「まずいことになった」と思いながら、廊下の入り口に寄り添って硬直している。老女が近くにやって来て、</p>
<p>　「あなたも今夜はお屋敷でしたの。私はお腹が痛くて下宿で休んでいたのよ。でも人手が足りないからって、夜になってから呼び出されたの。痛くて痛くて仕方ないのに」</p>
<p>と文句を言っている。返事などそっちのけで、</p>
<p>　「痛い、痛い。キリキリするの。また後で」</p>
<p>と外に飛び出してくれたので、事なきを得た。ゲンジの君は「やっぱり無謀な火遊びは危険を伴うものだな」と、少しは反省した様子である。</p>
<p><span id="more-732"></span>（原文）<br />
　小君近う臥したるを起こしたまヘば、うしろめたう思ひつつ寝ければ、ふとおどろきぬ。戸をやをら押し開くるに、老いたる御達の声にて、「あれは誰そ」と、おどろおどろしく問ふ。わづらはしくて、「まろぞ」と答ふ。「夜半に、こはなぞと歩かせたまふ」と、さかしがりて、外ざまヘ来。いと憎くて、「あらず。ここもとヘ出づるぞ」とて、君を押し出でたてまつるに、暁近き月隈なくさし出でて、ふと人の影見えければ、「またおはするは誰そ」と問ふ。</p>
<p>　「民部のおもとなめり。けしうはあらぬおもとの丈だちかな」</p>
<p>と言ふ。丈高き人の常に笑はるるを言ふなりけり。老人、これを連ねて歩きけると思ひて、「いま、ただ今立ち並びたまひなむ」と言ふ言ふ、我もこの戸より出でて来。わびしけれど、えはた押しかヘさで、渡殿の口にかい添ひて、隠れ立ちたまヘれば、このおもとさしよりて、</p>
<p>　「おもとは、今宵は上にやさぶらひたまひつる。一昨日より腹を病みて、いとわりなければ、下にはべりつるを、人少ななりとて召ししかば、昨晩参う上りしかど、なほえ堪ふまじくなむ」</p>
<p>と憂ふ。答ヘも聞かで、</p>
<p>　「あな腹々。今聞こえん」</p>
<p>とて過ぎぬるに、からうじて出でたまふ。なほかかる歩きはかろがろしくあやふかりけりと、いよいよ思し懲りぬべし。</p>
<p><!--more-->（注釈）<br />
１　おもと<br />
　・御許。平安時代の女房の敬称。名前の下に付けたりする。</p>
]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>三　空蝉の逃亡。ゲンジ、軒端の荻を襲う</title>
		<link>http://genji-m.com/?p=681</link>
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		<pubDate>Sun, 21 Mar 2010 06:43:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator>吾妻利秋</dc:creator>
				<category><![CDATA[03 第三章　空蝉]]></category>
		<category><![CDATA[源氏物語]]></category>
		<category><![CDATA[空蝉帖]]></category>

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		<description><![CDATA[（現代語訳）
　若い軒端の荻は、警戒もせずに「すやすや」と眠っている。その部屋に人の気配と、甘い芳香が広がった。空蝉が顔を持ち上げると、夏服を脱いで吊した仕切りの裂け目に、暗闇にまみれて匍匐しながら近寄ってくる変態の影が [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>（現代語訳）<br />
　若い軒端の荻は、警戒もせずに「すやすや」と眠っている。その部屋に人の気配と、甘い芳香が広がった。空蝉が顔を持ち上げると、夏服を脱いで吊した仕切りの裂け目に、暗闇にまみれて匍匐しながら近寄ってくる変態の影が浮き彫りになっているのだった。空蝉は仰天した。パニック状態のまま、そっと起き上がり、薄い上着を一枚羽織って、すべるように逃げる。</p>
<p>　ゲンジの君が侵入してみると、女が一人で寝ていた。そっと胸をなで下ろす。床下には、女官が二人寝ている。女の被っている布を引っ張って近寄ると、この前より成長したような気もするのだが、ゲンジの君は空蝉だと信じて疑わない。だが、行儀の悪い寝姿に違和感を覚え状況を察したのだった。ゲンジの君は予想外の展開に何もかもどうでも良くなってきたが、人を間違えたと思われるのも悪趣味だし、それよりも、この女に疑念を持たれるのは危険だと諦めた。もはや、空蝉を追いかけることもできない。こうまで必死に逃げる空蝉である。この夜這いは絶望的だ。ゲンジの君は「私のことを気持ち悪い男だと思っているだろう」と赤面した。しかし、この期に及んでも、「この女が、あの灯りの向こうに見えた美人なのだから、まあいいか」と、女たらしぶりを発揮してしまうあたりは、とんでもない浮気者なのだった。</p>
<p>　軒端の荻が少しずつ目を開ける。こちらもあり得ない展開に驚いているようだ。不意の夜這いに可愛らしくしようにも、何の心の準備もできていない。恋を知らない子供だが、こましゃくれたところがあるらしく、妙に落ち着いている。ゲンジの君は自分の素性を隠そうと思ったが、「あの夜は一体何だっの」と軒端の荻が後で冷静に考えたら面倒なことになると思った。自分のことはさておき、冷酷な空蝉が、ひたすら世の中の噂を恐れているのが可哀想に思えたのだ。ゲンジの君は「今までの方位除けは、あなたに逢いたい口実だったのです」とか何とか適当なことを言って軒端の荻を口説く。嘘だと簡単にわかるのだが、自意識過剰な小娘には、それで充分だった。</p>
<p>　この男は、女たらしではあるが、今回ばかりは上の空だった。薄情な空蝉への未練だけが残る。「どこかに紛れ込んで、私のことを、恥ずかしい男だと思っているのだろう。こんなに負けん気の強い女が他にいるだろうか」と腹が立つのだが、心がモヤモヤして空蝉が忘れられない。それでも、軒端の荻の鈍感さと、花も恥じらう仕草が可愛いので、思いの限りを尽くして将来の約束などをしてしまった。</p>
<p>　「知れ渡った関係よりも、人目を忍んだ恋愛のほうが燃え上がると、昔の人も言っています。あなたも私を愛してください。私には世間の目がなきにしもあらずだから、思い通りにならないこともあるんです。伊予のスケやの紀伊カミだって、きっと許してくれないだろうし、それが心配で。きっと忘れないで待っていて欲しいんです」</p>
<p>などと口が自動的に嘘をつくのであった。軒端の荻は、</p>
<p>　「みんながどう思うか考えるだけでも恥ずかしいから、お手紙も出せません」</p>
<p>などと、しおらしく答えている。</p>
<p>　「そう。みんなに知られたら困るけど、この家の小さい公家の弟に伝令をさせましょう。二人だけの秘密ですよ」</p>
<p>とゲンジの君は念を押して、空蝉が脱ぎ捨てた薄い上着を掴んで脱出する。</p>
<p><span id="more-681"></span>（原文）<br />
　若き人は何心なういとようまどろみたるべし。かかるけはひのいとかうばしくうち匂ふに、顔をもたげたるに、ひとヘうちかけたる几帳の隙間に、暗けれど、うちみじろき寄るけはひいとしるし。あさましくおぼえて、ともかくも思ひ分かれず、やをら起き出でて、生絹なる単衣をひとつ着て、すべり出でにけり。</p>
<p>　君は入りたまひて、ただひとり臥したるを心安く思す。床の下に、二人ばかりぞ臥したる。衣を押しやりて寄りたまヘるに、ありしけはひよりはものものしくおぼゆれど、思ほしも寄らずかし。いぎたなきさまなどぞ、あやしく変りて、やうやう見あらはしたまひて、あさましく、心やましけれど、人違ヘとたどりて見えんもをこがましく、あやしと思ふべし。本意の人を尋ね寄らむも、かばかり逃るる心あめれば、かひなう、をこにこそ思はめ、と思す。かのをかしかりつる灯影ならばいかがはせむに、思しなるも、わろき御心浅さなめりかし。</p>
<p>　やうやう目覚めて、いとおぼえずあさましきに、あきれたる気色にて、何の心深くいとほしき用意もなし。世の中をまだ思ひ知らぬほどよりは、ざればみたる方にて、あえかにも思ひまどはず。我とも知らせじと思せど、いかにしてかかることぞと、後に思ひめぐらさむも、わがためには事にもあらねど、あのつらき人のあながちに名をつつむも、さすがにいとほしければ、たびたびの御方違ヘにことつけたまひしさまを、いとよう言ひなしたまふ。たどらむ人は心得つべけれど、まだいと若き心地に、さこそさし過ぎたるやうなれど、えしも思ひ分かず。</p>
<p>　憎しとはなけれど、御心とまるべきゆゑもなき心地して、なほかのうれたき人の心をいみじく思す。いづくにはひ紛れて、かたくなしと思ひゐたらむ、かくしふねき人はありがたきものを、と思すにしも、あやにくに紛れがたう思ひ出でられたまふ。この人のなま心なく若やかなるけはひもあはれなれば、さすがに情々しく契りおかせたまふ。</p>
<p>　「人知りたることよりも、かやうなるはあはれも添ふこととなむ、昔の人も言ひける。あひ思ひたまヘよ。つつむことなきにしもあらねば、身ながら心にもえまかすまじくなんありける。また、さるべき人々もゆるされじかしと、かねて胸痛くなん。忘れで待ちたまヘよ」</p>
<p>など、なほなほしく語らひたまふ。</p>
<p>　「人の思ひはべらんことの恥づかしきになん、え聞こえさすまじき」</p>
<p>と、うらもなく言ふ。</p>
<p>　「なべて人に知らせばこそあらめ、この小さき上人に伝ヘて聞こえん。気色なくもてなしたまヘ」</p>
<p>など言ひおきて、かの脱ぎすべしたると見ゆる薄衣をとりて出でたまひぬ。</p>
<p><!--more-->（注釈）<br />
１　小さき上人<br />
　・空蝉の弟のこと。</p>
]]></content:encoded>
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